マタイの福音書 18:10-20 Matthew 18:10-20

10 この小さい子どもたちの一人でも、見下げたりしないように気をつけなさい。言っておきますが、天国では、子どもたちを守る天使が、いつでもわたしの父のそば近くにいるのです。
10 “See that you do not despise one of these little ones. For I tell you that their angels in heaven always see the face of my Father in heaven.

 

●小さい者にしたことはイエスにしたこと→当然見下げることができない→信仰の状況による→主を忘れたときに見下すことはあり得る⇒主を忘れる時=何か別のものに夢中になることを気をつける

11 メシヤのわたしは、神から離れ、迷っている者を救うために来たのです。

12 ある人が百匹の羊を持っていたとします。そのうちの一匹が迷い出ていなくなったら、その人はどうするでしょう。ほかの九十九匹はその場に残したまま、いなくなった一匹を捜しに、山へ出かけるでしょう。
12 “What do you think? If a man owns a hundred sheep, and one of them wanders away, will he not leave the ninety-nine on the hills and go to look for the one that wandered off?

13 そして、もし見つけようものなら、何ともなかったほかの九十九匹以上に、この一匹のために大喜びします。
13 And if he finds it, truly I tell you, he is happier about that one sheep than about the ninety-nine that did not wander off.

 

●普通はそれをしない=99匹を放置しない→「ある人」は神のご性質→探してくださるお方※アダム・エバ実を食べた後隠れたが神は探された→たとえ今がだめでも「見つけてもらいたい」という信仰(これもからし種と言えるか)を失くさないことが肝心

14 同じように、わたしの父も、この小さい者たちの一人でも滅びないようにと願っておられるのです。
14 In the same way your Father in heaven is not willing that any of these little ones should perish.

 

●私はどちらかと言えば「小さい者」の部類に入る→落胆しないこと、あきらめないこと

15 信仰の仲間があなたがたに罪を犯した時は、一人で行って、その誤りを指摘してあげなさい。もし、相手が忠告を聞いて罪を認めれば、あなたはその人を取り戻したことになるのです。
15 “If your brother or sister sins, go and point out their fault, just between the two of you. If they listen to you, you have won them over.

 

●ステップを踏む→放っておかない・ただし人前で糾弾したりしない→理性

16 しかし、もしあなたの言うことに耳を貸そうとしないなら、一人か二人の証人を立てて、もう一度相手のところへ行きなさい。あなたの言い分をすべて証明してもらうためです。
16 But if they will not listen, take one or two others along, so that ‘every matter may be established by the testimony of two or three witnesses.’

 

●何人かで正す→論理

17 それでも忠告を聞き入れないなら、その問題を教会に持ち出しなさい。そして、教会があなたを支持してもなお、相手がそれを受け入れないなら、教会はその人と交わるのをやめなさい。
17 If they still refuse to listen, tell it to the church; and if they refuse to listen even to the church, treat them as you would a pagan or a tax collector.

 

●教会に上げる→裁き、執行

18 言っておきますが、あなたがたが地上で赦したり、禁じたりすることは、天でも同じようになされるのです。
18 “Truly I tell you, whatever you bind on earth will be bound in heaven, and whatever you loose on earth will be loosed in heaven.

 

●15~17節の訴追の根本性・原理性→天では、結んだり解いたりすることの基準のまま裁かれることになる→なんでもかんでも気に食わないこと(自分基準で)を糾弾すればよいというものではない⇒事案そのものも自分自身も吟味しなければならない→主の前に正しさがあるのかどうか→当然容易に進めることではない

19 このことも言っておきましょう。もし、あなたがたのうち二人の者が、何であれ、この地上で心を一つにして祈り求めるなら、天におられるわたしの父は、その願い事をかなえてくださいます。
19 “Again, truly I tell you that if two of you on earth agree about anything they ask for, it will be done for them by my Father in heaven.

 

●祈りで判断することの重要性を含む→前項「吟味」の質

●罪をどう扱うか→思いのままに責めるのではない

20 たとえ二人でも三人でも、わたしを信じる者が集まるなら、わたしはその人たちの真ん中にいるからです。」
20 For where two or three gather in my name, there am I with them.”


出典:リビングバイブル、NIV

 

【適用】

1、神から隠れない、祈り続ける一日・毎日に→「全ての事を祈る」に通じる→自分の罪について早く感知し早く告白し悔い改める→隠れる要素を放置したり残さない→根本的に変えられるだろう

※神が探していてくださるから「ここにいます」という応答

 

2、自分の正しさを信じない→まず祈る(前項と同じ)→迅速な行動は「先に祈る」に置き換える→随分と変わるだろう