1 私たち力のある者は、力のない人たちの弱さをになうべきです。自分を喜ばせるべきではありません。
2 私たちはひとりひとり、隣人を喜ばせ、その徳を高め、その人の益となるようにすべきです。
3 キリストでさえ、ご自身を喜ばせることはなさらかったのです。むしろ、「あなたをそしる人々のそしりは、あなたの上にふりかかった」と書いてあるとおりです。
4 昔書かれたものは、すべて私たちを教えるために書かれたのです。それは、聖書の与える忍耐と励ましによって、希望を持たせるためなのです。
5 どうか、忍耐と励ましの神が、あなたがたを、キリスト・イエスにふさわしく、互いに同じ思いを持つようにしてくださいますように。
6 それは、あなたがたが、心を一つにし、声を合わせて、私たちの主イエス・キリストの父なる神をほめたたえるためです。
7 こういうわけですから、キリストが神の栄光のために、私たちを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに受け入れなさい。
8 私は言います。キリストは、神の真理を現すために、割礼のある者のしもべとなられました。それは、父祖たちに与えられた約束を保証するためであり、
9 また異邦人も、あわれみのゆえに、神をあがめるようになるためです。こう書かれているとおりです。「それゆえ、私は異邦人の中で、あなたをほめたたえ、あなたの御名をほめ歌おう。」
10 また、こうも言われています。「異邦人よ。主の民とともに喜べ。」
11 さらにまた、「すべての異邦人よ。主をほめよ。もろもろの国民よ。主をたたえよ。」
12 さらにまた、イザヤがこう言っています。「エッサイの根が起こる。異邦人を治めるために立ち上がる方である。異邦人はこの方に望みをかける。」
13 どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように。
今日の適用は、単純ですが、自分ではなく他人を喜ばせる、です。
クリスチャンになって、素晴らしい兄弟姉妹たちと出会うことが出来ましたが、キリストの香りがする方の特徴は、こういう方だったなあと思います。
本人は意識されていないと思いますが、何か誰か自分ではない人のために自分を枯れさせているようなところがあるように思いました。
かつてイスラエル部族は、神の約束とくじ引きによって広大な土地が与えられたのですが、幕屋周りのお仕えなどに指名されたレビ人には、神ご自身が譲りだと言われて土地は直接割り当てられませんでした。
土地ではなく神であること。このことの喜びを頭では理解しているものの、レビ人じゃなかったら良かったのになあ、などという気持ちがあったとすれば、それもまた理解出来るのです。
しかし、いよいよイエスが来てくださってわざを成してくださり「完了した」現在、このことは、より理解と実感を持てるものなのだと気づくべきではないか、そのように思いました。
GIVE TAHNKSという歌があります。
賛美歌として歌ったことがある方も多いのではないかと思います。
あの歌の歌詞に、
and now let the weak say "I am strong"
let the poor say "I am rich"
because of what the Lord has done for us
というところがあります。
これって、神がしてくださったことにより、満たされて満足していることについて、気づきの促しですよね。
だから、GIVE TAHNKSなんです。
聖霊に満たされることが大事ですが、そのうちに、そういう気づきも含まれるのでしょう。
そうすれば、自分に関してのことではなく、誰か他の人のために何か有益なものを差し上げようとか、やってあげようとか、そんなモチベーションが湧いてくるのが自然のように思えます。