41 朝になると、バラクはバラムを連れ出し、彼をパモテ・バアルに上らせた。バラムはそこからイスラエルの民の一部を見ることができた。
1 バラムはバラクに言った。「私のためにここに七つの祭壇を築き、七頭の雄牛と七頭の雄羊をここに用意してください。
2 バラクはバラムの言ったとおりにした。そしてバラクとバラムとは、それぞれの祭壇の上で雄牛一頭と雄羊一頭とをささげた。
3 バラムはバラクに言った。「あなたは、あなたの全焼のいけにえのそばに立っていなさい。私は行って来ます。たぶん、主は私に現れて会ってくださるでしょう。そうしたら、私にお示しになることはどんなことでも、あなたに知らせましょう。」そして彼は裸の丘に行った。
4 神がバラムに会われたので、バラムは神に言った。「私は七つの祭壇を造り、それぞれの祭壇の上で雄牛一頭と雄羊一頭とをささげました。」
5 主はバラムの口にことばを置き、そして言われた。「バラクのところに帰れ。あなたはこう言わなければならない。」
6 それで、彼はバラクのところに帰った。すると、モアブのすべてのつかさたちといっしょに、彼は自分の全焼のいけにえのそばに立っていた。
7 バラムは彼のことわざを唱えて言った。「バラクは、アモスから、モアブの王は、東の山々から、私を連れて来た。『来て、私のためにヤコブをのろえ。来て、イスラエルに滅びを宣言せよ。』
8 神がのろわない者を、私がどうしてのろえようか。主が滅びを宣言されない者に、私がどうして滅びを宣言できようか。
9 岩山の頂から私はこれを見、丘の上から私はこれを見つめる。見よ。この民はひとり離れて住み、おのれを諸国の民の一つと認めない。
10 だれがヤコブのちりを数え、イスラエルのちりの群れを数ええようか。私は正しい人が死ぬように死に、私の終わりが彼らと同じであるように。」
11 バラクはバラムに言った。「あなたは私になんということをしたのですか。私の敵をのろってもらうためにあなたを連れて来たのに、今、あなたはただ祝福しただけです。」
12 バラムは答えて言った。「主が私の口に置かれること、それを私は忠実に語らなければなりません。
最初ロバには見えてバラムには見えなかったみ使いが「行くならいけ」とバラムに言い残し、バラムは本当にバラクのところに行ってしまいました。
※行かなきゃよいのに・・・と思いますが
しかしそこでバラムはイスラエルへの呪いを始めながら、神がむしろイスラエルを祝福されているので、そのことをバラクに伝えました。
バラクはそれを聞いて怒りました。
なんだこれは。という感じです。
バラムがバラクのところに行ったのは、やはり厚遇を受けたかったのだと思いますが、結果的に神は彼の口にメッセージを置かれて、バラムはまるで神の操り人形のようにバラクにそのままを話しています。
今日のみことばからは、神は不変、不動であることをひしひしと感じさせられます。
バラムが何者であったとしても、バラクというモアブ王がイスラエルを呪うことそのものを”コントロール”されています。
バラクに対してもバラムに対しても、即座の激しい鉄槌を下しておられるのではなくコントロールされているというところもまた御心でしょう。
モアブのルーツを調べましたら、あのアブラハムが愛した甥っ子のロトからの出であることがわかります。
バラムは「神がのろわない者を、私がどうしてのろえようか」とバラクに伝えましたが、これはアブラハム契約の一条項を思い出させるものです。「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。」
事実上の進軍開始となったイスラエルのことを神は祝福されていますが、バラムを利用してモアブをコントロールされているのもまた、この契約に関わっていることを思わされています。モアブ人がイスラエルを呪うこと自体がおかしなことであり、それを阻止されている気がしてなりません。
神が不変・不動であることは、契約を根として誠実でいてくださることに現れているのだと思います。
それは、ジーザス擁して成された新しい契約にも誠実でいてくださっているということです。
私自身のその契約に対する誠実さは、実のところただジーザスが救い主であることを信じる他、何もすることが出来ないものです。しかし、神が多くの重い契約条項に対して誠実に履行してくださっています。全ての私に関する良いものはここから出てきます。