15 第七の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、天に大きな声々が起こって言った。「この世の国は私たちの主およびそのキリストのものとなった。主は永遠に支配される。」
16 それから、神の御前で自分たちの座に着いている二十四人の長老たちも、地にひれ伏し、神を礼拝して、
17 言った。「万物の支配者、昔います神である主。あなたが、その偉大な力を働かせて、王となられたことを感謝します。
18 諸国の民は怒りました。しかし、あなたの御怒りの日が来ました。死者のさばかれる時、あなたのしもべである預言者たち、聖徒たち、また小さい者も大きい者もすべてあなたの御名を恐れかしこむ者たちに報いの与えられる時、地を滅ぼす者どもの滅ぼされる時です。」
19 それから、天にある、神の神殿が開かれた。神殿の中に、契約の箱が見えた。また、いなずま、声、雷鳴、地震が起こり、大きな雹が降った。
いよいよ来ました。
第7のラッパがついに吹かれました。
世の中では、この時点で色々と強大な権力を持った人物が出てきていそうですが、そういう者たちはスウィープされてキリストが地上の権力を完全に掌握される時です。
今で言えば、米、中、ロシア、欧州など圧倒的な軍事力、経済力を持った国々の権力者が世界の権力者ということが言えそうですが、そういう人たちは権力の座から排除されて、キリスト、つまりイエスお一人が圧倒的に権力を持たれる世界になるということです。
11章の前半では、神による信じる者と信じない者の分離が見られたのですが、それはこの時のための準備であったと言えそうです。
信じる者や信じて死んでいった者は、ついに報いが与えられる時が来ます。
この流れからすると、地を滅ぼす者ども、というのは、信じなかった者と言っても良さそうです。
信じるか信じないかが、生きる者になるかか死ぬ者になるかであることは、既に始まっている分類なのでしょうが、いよいよここで具体化されるという風にも言えると思います。
イエスが世の王、この人類のトップに君臨されるんです。
これは、神の完全な主権があらわれる時です。
米国や日本をはじめ、現代の多くの国が一応の民主主義を掲げています。
民主主義こそ正義、そうでなければ悪、というような価値観が一般的です。
しかし、イエスはそういう思想上の民主は一掃してしまわれることになるでしょう。
あえて、絶対君主、と言ってもよいかも知れません。
そう言うと、まるで北朝鮮のあの方を想像してしまうのですが、イエスはご自身が全能であり、人の姿は取られていても神の体にあられるお方で、正義そのもののお方である一方で、愛そのもののお方です。
つまり、この方が世界の絶対君主であられることは、人にとって最善であり”最幸”なのです。
なぜなら、神は人を創造されたお方だからです。
創造というのは、そこに何らかの思惑や目的があるはずです。
人が人であることの根本的な理由をお持ちのお方が君主となって裁かれるのですから、それが最善でなくて何か他にありますでしょうか。
しかし、イエスがついに君臨された時、分離されて滅びが決定的となったかに見える人間には、ここに至って尚も、現代で言うところの民主主義こそ正義なのだろうなと思いました。
神の主権ではなく、例えば国民主権を盲目的に絶対正義であるとまだ信じているわけです。
ですから、諸国の民が怒る、わけですね。
この辺は、なんとなくそんな感じで思いました。
正直な事を言いたいと思っています。
名前も出さずにこうして毎日毎日ブログで発しているわけですから、正直になれる事があります。
イエスを信じている事とか、クリスチャンでいることについて、この13年間という短めの時間のうちでも、避けられたこととか、話をさえぎられたりしたこととか、相談に乗ると言われたり、宗教に夢中と言われてもいるし、伝道をすれば神のことをけなすような事を言われたり、メンタルケアが必要とか言われたり、要は、なんだかさげすまれるような扱いをされたことは何度もあります。
こちらのブログでこういう事を上げていますと、営業的「いいね」が入ってくることがあるのですが、だいたいが占い師とかメンタルなんとかとか、心病んでる人を相手に商売をしている人たちだったりもします。
で、正直に言ってしまうのですが、なめとんのか、と思うのです。色々意味はありますが。
この辺が私にある弱さだとは思うのですが、それでも、そういう人たちに対しても、イエスは福音を伝えよと言われるわけですから、なめとんのか、とかはとても言えません。
しかし、それは一つの本音です。
やがて、いつになるかはわかりませんが、第7のラッパが吹かれる時、全てはそこで終わります。ここを目指しています。
イエスがいよいよ地上の全権を掌握される時です。それを待ち望んでいます。