1 神よ。あなたの公正を王に、あなたの義を王の子に授けてください。
2 彼があなたの民を義をもって、あなたの、悩む者たちを公正をもってさばきますように。
3 山々、丘々は義によって、民に平和をもたらしますように。
4 彼が民の悩む者たちを弁護し、貧しい者の子らを救い、しいたげる者どもを、打ち砕きますように。
5 彼らが、日と月の続くかぎり、代々にわたって、あなたを恐れますように。
6 彼は牧草地に降る雨のように、地を潤す夕立のように下って来る。
7 彼の代に正しい者が栄え、月のなくなるときまで、豊かな平和がありますように。
8 彼は海から海に至るまで、また、川から地の果て果てに至るまで統べ治めますように。
9 荒野の民は彼の前にひざをつき、彼の敵はちりをなめますように。
10 タルシシュと島々の王たちは贈り物をささげ、シェバとセバの王たちは、みつぎを納めましょう。
11 こうして、すべての王が彼にひれ伏し、すべての国々が彼に仕えましょう。
国・政治がどのように動いていくのかについて、関心を持って祈ることを聖書は指し示していると思いますが、ここにどのように祈れば良いのか、何を求めれば良いのか、ダビデの祈りによって模範が示されているように思いました。
神の義、公正による裁きです。
ただここでダビデの言う王というのは、やがて来られるイエスのことを指しているのではないかと思います。
そういう意味では、ダビデはまさに預言者であり、イエスが全ての国々を治められることを既に祈っています。
どのように理解すべきなのか、まだ私にははっきりとわかっていないのですが、イエスはイエスだから、と、国・政治についてはまた違うから、というよりも、次に本当に全世界を治められる、とされるイエスが来られるまでの準備として、国・政治がそのようになっていくようにと祈るべきなのかな、と思いました。
米国でも日本でも、国政を動かす新しいリーダーが誕生しました。
神の義、公正によって裁き、治める者であるように祈る時だと思います。
日本の石破首相は、クリスチャンであられるそうですが、私はそれだけの理由で祈ります。
経済的に衰退局面にある日本ですが、経済のことをどうこうする前に、着手しなければならないことが沢山あるはずです。
どうか、そこに神の義と公正が貫かれますようにと、祈ります。