9 あなたはエジプトで私たちの先祖が受けた悩みを見、また、葦の海のほとりでの彼らの叫びを聞かれました。
10 あなたは、パロとすべての家臣、その国のすべての民に対して、しるしと不思議を行われました。これは、彼らが私たちの先祖に対して、かってなことをしていたのをあなたが知られたからです。こうして、今日あるとおり、あなたは名をあげられました。
11 あなたが彼の前で海を分けたので、彼らは海の中のかわいた地を通って行きました。しかし、あなたは、奔流に石を投げ込むように、彼らの追っ手を海の深みに投げ込まれました。
12 昼間は雲の柱によって彼らを導き、夜は火の柱によって彼らにその行くべき道を照らされました。
13 あなたはシナイ山の上に下り、天から彼らと語り、正しい定めと、まことの律法、良きおきてと命令を彼らにお与えになりました。
14 あなたの聖なる安息日を彼らに教え、あなたのしもべモーセを通して、命令とおきてと律法を彼らに命じられました。
15 彼らが飢えたときには、天からパンを彼らに与え、彼らが渇いたときには、岩から水を出し、こうして、彼らに与えると誓われたその地を所有するために進んで行くよう彼らに命じられました。
16 しかし、彼ら、すなわち私たちの先祖は、かってにふるまい、うなじをこわくし、あなたの命令に聞き従いませんでした。
17 彼らは聞き従うことを拒み、あなたが彼らの間で行われた奇しいみわざを記憶もせず、かえってうなじをこわくし、ひとりのかしらを立ててエジプトでの奴隷の身に戻ろうとしました。それにもかかわらず、あなたは赦しの神であり、情け深く、あわれみ深く、怒るのにおそく、恵み豊かであられるので、彼らをお捨てになりませんでした。
イスラエルの民に対して、神がしてくださったことの思い出しです。
中でも大事なことは、イスラエルの間違いに対して完全に滅ぼしてしまうようなことはなさらず、荒野で40年間養われた上で約束の地に至らせるようにされました。
この思い出しは、この時の元捕囚の民にとってはいたく心に響いたことでしょう。
世に言うバビロン捕囚期は約50年。
ユダの国体こそ壊滅状態に追い込まれましたが、まさに荒野の40年と同じように、民を滅ぼしてしまうようなことはせずに養われました。
そしてこのように帰還し、信仰をもって団結して神の前に出ています。
さて、私には信仰がありますが、それは神と私と言う個人の関係についての事柄で、あくまで個人なのだという考えに立っています。
それは間違っていないと思うのですが、神は、明らかにイスラエル人個人だけではなく、イスラエルの民をみちびいておられるということに、新たな課題を与えられる思いです。
元捕囚の民が、エズラから律法を習って泣き悲しんだのは、個人の罪についての後悔というよりも、王国時代の国家とか生活習慣とか常識的価値観が罪に満ちていたからではなかったかと思います。
これは、イスラエルが特殊な召し、選びの民であるからという理由はあるのですが、現代のクリスチャンにも大いに得るべき霊的視点であるようにも思えます。
”私”ではなく”私たち”という悔い改めです。
このことについては既に私なりの考えは見え隠れするのですが、今は神の答えを待って教えられたいと思います。
今日のみことばからの適用は難しいところなのですが、神が今私に与えておられる「難しさ」について、あきらめずに神を信じて解決していけるようにがんばること、としたいと思います。
クリスチャンになって間もない頃に読んだ本の中に、May Riley Smithという方の詩が紹介されていました。「Sometime」という題名です。
イエスを信じるということは、「きっとこういう答えにたどり着くのだろうな」という風に思い、iPhoneのメモに写しておきました。今でも時々読んでいます。
その詩の最後の節
But not to-day. Then be content, poor heart!
しかしそれは今日ではない 貧しい心よ足るを知れ
God’s plans like lilies pure and white unfold.
神のご計画はゆりのように純粋で白く、やがて花開く
We must not tear the close-shut leaves apart,
閉じた花びらを無理やりにはがすようなことはしてはいけない
Time will reveal the calyxes of gold.
時間が金の花びらの開花を見せてくれるだろう
And if, through patient toil, we reach the land
そして、そういう苦しみを通って約束の地に入るのだ
Where tired feet, with sandals loose, may rest,
そこは、靴ひもが緩められて疲れた足が休められるところ
When we shall clearly see and understand,
その時、私たちははっきりと見、理解するのだ
I think that we will say “God knew the best!”
私たちは言うはずだ「神は最善を知っておられた!」と
やがて、このようにありたいと思うのです。
イスラエルの民たちはあの時、天に至ったわけではありません。
しかし、捕囚の意味を知ったことでしょう。