1 神のみこころによる、キリスト・イエスの使徒パウロ、および兄弟テモテから、

2 コロサイにいる聖徒たちで、キリストにある忠実な兄弟たちへ。どうか、私たちの父なる神から、恵みと平安があなたがたの上にありますように。

3 私たちは、いつもあなたがたのために祈り、私たちの主イエス・キリストの父なる神に感謝しています。

4 それは、キリスト・イエスに対するあなたがたの信仰と、すべての聖徒に対してあなたがたが抱いている愛のことを聞いたからです。

5 それらは、あなたがたのために天にたくわえられてある望みに基づくものです。あなたがたは、すでにこの望みのことを、福音の真理のことばの中で聞きました。

6 この福音は、あなたがたが神の恵みを聞き、それをほんとうに理解したとき以来、あなたがたの間でも見られるとおりの勢いをもって、世界中で、実を結び広がり続けています。福音はそのようにしてあなたがたに届いたのです。

7 これはあなたがたが私たちと同じしもべである愛するエパフラスから学んだとおりのものです。彼は私たちに代わって仕えている忠実な、キリストの仕え人であって、

8 私たちに、御霊によるあなたがたの愛を知らせてくれました。

 

今日、このみことばからの神様からのチャレンジは、「愛」ですね。

ほんとうに理解、しているか、という問いかけを感じます。

 

福音を知るという点では、信じて以来、そういう環境があったこともあり、知識としては蓄えているものはあると思います。

しかし、福音は聞いて知ることからはじまりますが、受け取るもの、またはパウロのように、送るものです。

 

福音を受け取ることによって結ばれる実はさまざまありますが、その最もすぐれたものが愛だとわかります。

 

福音を知る、知識として獲得する、を越えて、自分のものにすることによって神様からの愛を知ることになると思うのですが、これへの応答は、まず感謝だと思います。

 

確かに、感謝しています。

神様からのご好意によって与かったもので、とにかく嬉しい、だから感謝するものということを体感しています。

 

しかし、それだけでよいのか、ということです。

なぜ自分が、周りにいるもっと素晴らしい人格の人、善い行いをしている人よりも先に受けたのか、そういう問いでもあります。

答えは、私はその神様の愛を伝えることにも自動的に召されているんだなあ、と。

 

伝道熱心な教会の牧師さんから福音を聞いて、更に福音を知識として学んで、伝道、伝道、伝道のメッセージを聞いて実践もして、という時間を過ごしていますから、やや洗脳に近い、伝道しなれば!は私の中にありますが、それはもう背負ったものなのだと思います。

 

そして、ここ数年、福音をちゃんと個人的にお伝え出来たのは、数人ほどに限られます。

もっと、もっとお伝えしていきたいという思いと、実際にその機会があってもなかなか勇気が出ないところと、なんかもうずっと葛藤している感じです。

 

しかし今日、そういう点で「愛だよ」ということが語り掛けられていると思います。

勇気も大事だとは思いますが、愛を先に、ですね。

愛とは寛容です、親切です、人をねたみません。

そこに集約されていると思ってよいと思います。それを実践することから、新しい伝道ライフを始めたいと思います。

それが自分の信仰が守られたり、成長したりという点において、適しているんだろうと思います。もちろん、神様を知るという面では、これからまだまだ探求の旅です。