1 名声は多くの富よりも望ましい。愛顧は銀や金にまさる。
2 富む者と貧しい者とは互いに出会う。これらすべてを造られたのは主である。
3 利口な者はわざわいを見て、これを避け、わきまえのない者は進んで行って、罰を受ける。
4 謙遜と、主を恐れることの報いは、富と誉れといのちである。
5 曲がった者の道にはいばらをわながある。たましいを守る者はこれらから遠ざかる。
6 若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いても、それから離れない。
7 富む者は貧しい者を支配する。借りる者は貸す者のしもべとなる。
8 不正を蒔く者はわざわいを刈り取る。彼の怒りの杖はすたれる。
9 善意の人は祝福を受ける。自分のパンを寄るべのない者に与えるから。
10 あざける者を追い出せ。そうすれば、争いも出て行く。けんかも、悪口もやむ。
11 心のきよさを愛し、優しく話をする者は、王がその友となる。
12 主の目は知識を見守り、裏切り者のことばをくつがえす。
13 なまけ者は言う。「獅子が外にいる。私はちまたで殺される」と。
14 他国の女の口車は深い穴のようだ。主の憤りに触れた者がそこに落ち込む。
15 愚かさは子どもの心につながれている。懲らしめの杖がこれを断ち切る。
16 自分を富まそうと寄るベのない者をしいたげる人、富む人に与える者は、必ず乏しくなる。
今日を生きる上での知恵が詰まっていますが、その中でも、”やさしさ”が示されているように思います。
善意の人は祝福を受ける。自分のパンを寄るべのない者に与えるから。
心のきよさを愛し、優しく話をする者は、王がその友となる。
学生の頃、ものすごく好きになった女性がいて私はがんばりました。
彼女からの好意も感じていました。
しかし、臆病な私は、なかなか交際してくださいと言えませんでした。
やがてその女性は、私のその恋愛を応援してくれていた友人と交際しました。
なんとも情けないお話なのです。
後に彼女の友人から聞いたことですが、その大好きだった彼女は私の事を「良い人すぎる、付き合う相手じゃない」と言っていたようです。
私は良い人ではありませんが、彼女に嫌われたくない、放したくないという思いが強く、それで臆病になってしまっていたと思います。
それが彼女が抱いていた異性としての魅力とは、かけはなれていたのだと思います。
愚かでした。
異性として魅力のある人間になろうなどとは今更思いませんが、自分が好きな人に対して良い人でいるのではなく、本当に良い人になることとは何なのか、神様の目に良い人とはどういうことなのかは求め続けています。
今日のみことばからその一端を読み取ることが出来るのですが、その一つが、寄る辺のない者への施し、です。
寄る辺がないということは、その施した相手から何か返礼のようなものが得られる可能性はありません。
あわれみの心から溢れる行動ということになりますね。
しかし神様は、そういう良い者、良い行いを見逃されません。ちゃんと報いは用意されているよ、それは素晴らしいものだよ、という文脈で読みました。
その昔、大好きな彼女には良い人でいることは出来たのですから、神様が喜ばれるような良い人でいることも出来るように思います。
別にモテなくてもいいです笑 神様がちゃんと用意してくださっている報いに期待して、今日は思い切って良い人でいようと思います。