16 優しい女は誉れをつかみ、横暴な者は富をつかむ。

17 真実な者は自分のたましいに報いを得るが、残忍な者は自分の身に煩いをもたらす。

18 悪者は偽りの報酬を得るが、義を蒔く者は確かな賃金を得る。

19 このように、義を追い求める者はいのちに至り、悪を追い求める者は死に至る。

20 心の曲がった者は主に忌みきらわれる。しかしまっすぐに道を歩む者は主に喜ばれる

21 確かに悪人は罰を免れない。しかし正しい者のすえは救いを得る。

22 美しいが、たしなみのない女は、金の輪が豚の鼻にあるようだ。

23 正しい者の願い、ただ良いこと。悪者の望み、激しい怒り

24 ばらまいても、なお富む人があり、正当な支払いを惜しんでも、かえって乏しくなる者がある。

25 おおらかな人は肥え、人を潤す者は自分も潤される

26 穀物を売り惜しむ者は民にのろわれる。しかしそれを売る者の頭には祝福がある。

27 熱心に善を探し求める者は恵みを見つけるが、悪を求める者には悪が来る。

28 自分の富に拠り頼む者は倒れる。しかし正しい者は若葉のように芽を出す。

29 自分の家族を煩わせる者は風を相続し、愚か者は心に知恵のある者のしもべとなる。

30 正しい者の結ぶ実はいのちの木である。知恵のある者は人の心をとらえる

31 もし正しい者がこの世で報いを受けるなら、悪者や罪人は、なおさら、その報いを受けよう

 

今日のみことばで概ね知らされる現実は、悪いやつほど儲ける、という摂理です。

ただし、では悪いやつは幸せなのかと言えば、金があるという幸せは確かにあるでしょうが、救われるのは正しい人です。

 

金まみれの世界に身を投じたことがあります。

今では言うのも恥ずかしいのですが、違法な金利で金を貸し付けたりしていました。

確かに儲かるのですね。

しかし、金主という元手となる金を出してくれるスポンサーに対しても見返りがなくてはならず、だからこそ回収も必死です。

年がら年中金を追いかけては追われるという、まさに金への執着が生きることそのものになっていました。

また、現金が行き交う世界でもあります。

跡形の付かない金というのは、どこか争奪戦なところがあり、仲間内が金をめぐって争うなんてことも普通にあります。

裁判沙汰にもなったことがありますが、そもそも違法で出てきた金をめぐって、法的な判断を下すというちんぷんかんぷんな裁判となり、勝訴はしましたが、金の動きには何の影響も無く無駄な時間だったと思います。

私のケースは最低の事例としてはなかなかわかりやすいように思います。

いつも警戒と戦いでした。

 

正しい者とは、まず神様を信じている者であることと、やはり昨日のみことばにあった、誠実・正義・潔白。裏がなく実直な人であることなのかな、と今はまだ少しぼやけていますが大体の像はつかめています。

 

そういう人は、報酬ではなく賃金を得る、と。

賃金と言うと月給もらいでないといけないのか、となりますが、決してそう言うことではなく、労働対価のことなのだと思います。

悪者の報酬は労働対価と言うよりは、先に私の事例で紹介したような金の取り合いで得るもの、不労所得などに相当してくるのかなと思います。

この手の報酬は賃金のような安定しておらず不安定です。

例えば、金に働かせて報酬を得るということで、私はこれが全て悪だとは思えないのですが(例えば株式、為替など)、ここに悪の特質が眠っているということはわかります。

 

また、ばらまいても富む人あり、正当な支払いを惜しんでもかえって乏しくなる、とは、これもまた真実だと思いました。

これまでの人生の中で、富む人を多く見てきましたが、基本的にはばらまく人が多いです。

ここには色々とカラクリもあるのですが、違法なことをやっているわけではないし、ばらまかれる側にもメリットがあります。

その双方利益というマインドセットが整っている人というのは、確かに富んでいます。

あからさまに投資のごとくばらまく人というのは(→私はこっちでした)、双方利益と言うよりギャンブル感覚です。富む時は富むでしょうが、絶えず回収を考えているのが見え見えで、うっとおしがられていたと思いますね。

 

また、正当な支払いをケチっても貧乏。

私はこれも税金で経験しています。

 

拡大解釈にはなりますが、富むか否か、という点で、何に金を使うかをソロモンは言っています。

それは、イエス様によって示されるように「太っ腹」でいることが肝心なのかなと。

イエス様はあらゆる拒絶と苦痛、そしてご自分の死を通して私の罪の代価を支払ってくれました。

それだけではなく、3日目によみがえられて上に帰られることを通し、天が確実に存在していることを証してくださっています。

また、私の救いは、死後におとずれるメリットというだけではなく、今この時間もイエス様が言われるように共にいてくださることで、私を変える、というメリットを提供し続けてくださっています。

ものすごく太っ腹です。

倣っていきたいと思います。