20 わが子よ。あなたの父の命令を守れ。あなたの母の教えを捨てるな。
21 それをいつも、あなたの心に結び、あなたの首の回りに結びつけよ。
22 これは、あなたは歩くとき、あなたを導き、あなたが寝るとき、あなたを見守り、あなたが目ざめるとき、あなたに話しかける。
23 命令はともしびであり、おしえは光であり、訓戒のための叱責はいのちの道であるからだ。
24 これはあなたを悪い女から守り、見知らぬ女のなめらかな舌から守る。
25 彼女の美しさを心に慕うな。そのまぶたに捕らえられるな。
26 遊女はひとかたまりのパンで買えるが、人妻は尊いいのちをあさるからだ。
27 人は火をふところにかき込んで、その着物が焼けないだろうか。
28 また人が、熱い火を踏んで、その足が焼けないだろうか。
29 隣の人の妻と姦通する者は、これと同じこと、その女に触れた者はだれでも罰を免れない。
30 盗人が飢え、自分の飢えを満たすために盗んだとしたら、人々はその者をさげすまないであろうか。
31 もし、つかまえられたなら、彼は七倍を償い、自分の家の財産をことごとく与えられなければならない。
32 女と姦通する者は思慮に欠けている。これを行う者は自分自身を滅ぼす。
33 彼は傷と恥辱とを受けて、そのそしりを消し去ることができない。
34 嫉妬が、その夫を激しく憤らせて、夫が復讐するとき、、彼を容赦しないからだ。
35 彼はどんな償い物も受けつけず、多くの贈り物をしても、彼は和らがない。
父の教えとは何であったか、母の教えとは・・・・
考えてみたのですが、それは出てきませんでした。
両親の姿から学ぶべきところはありました。反面教師的に。
両親の夫婦としての関係が良かった姿を見たことがありません。
やさしい言葉、感謝の言葉さえも聞いたことがありませんでした。
どうして離婚しなかったのだろう、と思いますが、社会的体裁を気にして、ということは言っていた気がします。
そんな父や母を恨んではいませんが、あのようになってはいけない、というものはあります。
寝る時と目覚めた時、そのことが頭にもたげるとしたら、やはり私は隣で寝ている妻を大事にしていかなければならないと確実に自覚すると思います。
そして、他人の妻に手を出すな、というのは、これはもう当然のことですが、そういう誘惑への警鐘なのかも知れません。
日本では”不倫”などとして、芸能関係のニュースネタになることは頻繁にあります。
海外でも、そういうことをしている人が大統領になっていたりとか、本当にこの世の中は性によって狂っていると思います。
私が清廉潔白なのかと言うと、それはもう毎日が戦いで、潔白どころかドロドロなので、全く偉そうには言えないのですが、乱れている様を普通だと感じるまでに鈍感になってはいけないと思っています。
ソロモンは、自信の教訓を語っていますが、私が他人の妻に手を出すということで思い出すのは、ダビデです。
配下の妻に惚れ込み、その妻を自分のものにするために配下を激戦地に送って事実上、殺害してしまいました。
ダビデはこれを実行した時、その自分の狂気に気づいていませんでした。
預言者に指摘されてはじめて罪を知ったわけです。
あのダビデです。
そして、その他人の妻であったバテシェバから生まれたのがソロモンですが、他人の妻に手を出すことをしきりに咎めるのは、そこからの罪の刈り取りがどれほどの苦しみを伴うかを知っているからでしょうか。
それとも、性を貪ることでのあらゆる損失が大きいことを知っているからでしょうか。
それほども性とは厄介なものであることがわかります。