1 わが子よ。もしあなたが、私のことばを受け入れ、私の命令をあなたのうちにたくわえ、
2 あなたの耳を知恵に傾け、あなたの心を英知に向けるなら、
3 もしあなたが悟りを呼び求め、英知を求めて声をあげ、
4 銀のように、これを捜し、隠された宝のように、これを探り出すなら、
5 そのとき、あなたは、主を恐れることを悟り、神の知識を見いだそう。
6 主が知恵を与え、御口を通して知識と英知を与えられるからだ。
7 彼は正しい者のために、すぐれた知性をたくわえ、正しく歩む者の盾となり、
8 公義の小道を保ち、その聖徒たちの道を守る。
9 そのとき、あなたは正義と公義と公正と、すべての良い道筋を悟る。
10 知恵があなたの心に入り、知識があなたのたましいを楽しませるからだ。
11 思慮があなたを守り、英知があなたを保って、
12 悪の道からあなたを救い出し、ねじれごとを言う者からあなたを救い出す。
13 彼らはまっすぐな道を捨て、やみの道に歩み、
14 悪を行うことを喜び、悪いねじれごとを楽しむ。
15 彼らの道は曲がり、その道筋は曲がりくねっている。
16 あなたは、他人の妻から身を避けよ。ことばのなめらかな、見知らぬ女から。
17 彼女は若いころの連れ合いを捨て、その神との契約を忘れている。
18 彼女の家は死に下り、その道筋はやみにつながる。
19 彼女のもとへ行く者はだれも帰って来ない。いのちの道に至らない。
20 だから、あなたは良い人々の道に歩み、正しい人々の道を守るがよい。
21 正直な人は地に住みつき、潔白な人は地に生き残る。
22 しかし、悪者どもは地から絶やされ、裏切り者は地から根こぎにされる。
日本で生きていると、性の氾濫の凄まじさに慣れてしまっている気がします。
街中が食欲と性欲を満たすことに貪欲な状態になっており、そこには正義も何も無く、ただ欲を満たすことにのみ焦点が当たっています。
かく言う私も以前は、そういう欲を満たすことだけに夢中になり、そのために働いているようなところがありました。今、私はそのような自分を自分で裁く基準があり、あれは間違っていた、情けなかった、と言うことが出来ます。
しかしその姿は、実は今も引きずっている姿なのであり、決して過去形で済ますことが出来ないものであると思います。
行動こそ起こさないものの、衝動は毎日のようにやってくるからです。
やがてそういう衝動は、欲のみを満たすことを肯定する社会の風潮とあいまれば、直ちに行動に移してしまう危険性がある状態なのだと自覚すべきです。
今日のソロモンの箴言を読むと、英知とは道を守る術であり、それを神様に求める者には知識が与えられるとあります。
その一つは、身を避けよ、ということかと思いました。
これを知識と言うなら、この世を生きる限りは性を満たすための貪欲さを捨て去ることなど出来ない、という人の真理の一種が語られているようなもので、物理的に距離を置く他無いということでしょう。
極論的な実践としては、歌舞伎町に近づくな、性に貪欲な者に近づくな、ポルノサイトを見るな=ネットを極力見るな、というようなものかと思います。
隣のおたくの奥様がとても親切にしてくださって、今はこれと言った変な感情はないのですが、それもまた危険なことなのかも知れません。そういう警告でもあると思います。
やはり、変に人間関係を増幅させるようなことはしないようにしなければ、と思います。
性の戦いは、死ぬまで続きます。
ソロモンがこうして、知恵のはじまりは神を恐れること、だと説き、その直後にプラクティカルな知恵(知識)として、他人の妻から身を避けよ、というのは、彼自身がまさにその性によっての損失を経験しているからでしょう。
性こそが、最も危険でたちが悪く制御し辛いもので、かつ、神様が嫌われることであると晩年に悟ったのかも知れません。
しかし、別の言い方をすれば、避けるという方法で遠ざかれば、そこにはもっと素晴らしいものがあるのかも、という期待があります。
そうですね。これは私が自分自身を鼓舞するものに過ぎないのですが、期待をしっかりもって従っていきたいと思います。