14 そこで、ペテロは十一人とともに立って、声を張り上げ、人々にはっきりとこう言った。「ユダヤの人々、ならびにエルサレムに住むすべての人々。あなたがたに知っていただきたいことがあります。どうか、私のことばに耳を貸してください。
15 今は朝の九時ですから、あなたがたの思っているようにこの人たちは酔っているのではありません。
16 これは、預言者ヨエルによって語られた事です。
17 『神は言われる。
終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。
すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。
18 その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。
19 また、わたしは、上は天に不思議なわざを示し、下は地にしるしを示す。それは、血と火と立ち上る煙である。
20 主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。
21 しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。』
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いよいよ聖霊に満たされたペテロと他の弟子たちが、この初代教会から福音宣教の働きを開始する、まさにその宣言と言えるところだ。
ヨエルによると、聖霊は全ての人に注がれる、という。
終わりの日、というのは、果たしてどの時代なのか。
福音を受け入れイエス様を信じている者が地上から天に引き上げられる”携挙”が起きるということなのか。
それとも、艱難時代のことを指すのか。
この辺は、ちょっとわからないところである。
すべての人に注ぐということは、イエス様を信じない者にも注がれるということか。
もしそうなら、聖霊のバプテスマとはまた違うものなのかも知れない。
そして、ヨエルは厳しい時代の到来を預言している。
気候変動が著しく、天変地異と言える強い地震や台風による被害が出て、疫病も猛威をふるったところだ。
現代は「終わりの時代」に入ったのではないか、とする人もいる。
私も、そのような感じがしている。
もしそうなら、苦しみは増大し、更にひどくなっていく可能性が高い。
主の名を呼ぶ者でいなければならない。そうすれば、救われるのだから。
色々な問題に対しては、色々な解決法を探り、実践していく。
しかし、到底解決できない問題が、ある数名の人的な思惑によってもたらされているのが、今の世の中ではないかと思う。
この解決については、”主の名を呼ぶ”他は無いのかも知れない。
しかし、それが救われる方法だとすれば、私個人にある悩みとか問題は、どれほど簡単なことだろう。
この世の問題から救い出してくださる神が、イエス様が、こんな私の問題などはいとも簡単に救ってくださるだろう。
だから、私は主に救いを求める。