4:14 それにしても、あなたがたは、よく私と苦難を分け合ってくれました。

4:15 ピリピの人たち。あなたがたも知っているとおり、福音を伝え始めたころ、私がマケドニアを出たときに、物をやり取りして私の働きに関わってくれた教会はあなたがただけで、ほかにはありませんでした。

4:16 テサロニケにいたときでさえ、あなたがたは私の必要のために、一度ならず二度までも物を送ってくれました。

4:17 私は贈り物を求めているのではありません。私が求めているのは、あなたがたの霊的な口座に加えられていく実なのです。

4:18 私はすべての物を受けて、満ちあふれています。エパフロディトからあなたがたの贈り物を受け取って、満ち足りています。それは芳ばしい香りであって、神が喜んで受けてくださるささげ物です。

4:19 また、私の神は、キリスト・イエスの栄光のうちにあるご自分の豊かさにしたがって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます

4:20 私たちの父である神に、栄光が世々限りなくありますように。アーメン。

4:21 キリスト・イエスにある聖徒の一人ひとりに、よろしく伝えてください。私と一緒にいる兄弟たちが、あなたがたによろしくと言っています。

4:22 すべての聖徒たち、特にカエサルの家に属する人たちが、よろしくと言っています。

4:23 主イエス・キリストの恵みが、あなたがたの霊とともにありますように。

 

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献金はもちろんだが、誰かの必要のために自分の金品や時間を捧げることを神は喜び、捧げた者の必要を満たしてくださるだろう、と読んだ。

 

クリスチャンとしてはじめて迎えた年の暮れ、クリスマスに向かって教会が準備を加速させている中、ある教職者のPCが故障して動かなくなった。開拓間もない教会で、金に全く余裕がない。新しいPCを買うこともままならない状態だった。そうすると、クリスマス準備の効率が悪くなり、困ったことになった。

私は会社員として勤め始めており毎月の給与を受けていたが、ぎりぎりの状態だった。しかし思い切って、神様の祝福を信じて、PC購入用と指定し相当金額を献金した。

 

おかげで年末の生活がしんどくなったが、それでも満足していた。そうすることが出来た自分が嬉しくもあった。

 

そして、クリスマス頃になった時、ある驚きがあった。

会社から振り込まれた給与が、かなり大きかったのだ。

これは、年末調整であり、前年の申告額が大きかった分、大きく返ってきただけのものであった。不思議な奇跡が起こったわけではない。

しかし、目的献金という、一種の慈善が含まれる献金において、神様が私を試されて、それに自分が答えることが出来、私は気づいていなかったけれども、ちゃんとそのための金員については備えがあったことが嬉しかった。

 

この話を後に牧師さんにした時、アドナイイルヘの話をしてくれた。主の山には備えがある。AMEN

今日のみことばは、その心、その満たし、喜びについてあらためて思い出させてくださるものだ。

神は必要を満たしてくださる。既に備えていてくださる。