5:1 金持ちたちよ、よく聞きなさい。迫り来る自分たちの不幸を思って、泣き叫びなさい。
5:2 あなたがたの富は腐り、あなたがたの衣は虫に食われ、
5:3 あなたがたの金銀はさびています。そのさびがあなたがたを責める証言となり、あなたがたの肉を火のように食い尽くします。あなたがたは、終わりの日に財を蓄えたのです。
5:4 見なさい。あなたがたの畑の刈り入れをした労働者への未払い賃金が、叫び声をあげています。刈り入れをした人たちの叫び声は、万軍の主の耳に届いています。
5:5 あなたがたは地上でぜいたくに暮らし、快楽にふけり、屠られる日のために自分の心を太らせました。
5:6 あなたがたは、正しい人を不義に定めて殺しました。彼はあなたがたに抵抗しません。
5:7 ですから、兄弟たち。主が来られる時まで耐え忍びなさい。見なさい。農夫は大地の貴重な実りを、初めの雨や後の雨が降るまで耐え忍んで待っています。
5:8 あなたがたも耐え忍びなさい。心を強くしなさい。主が来られる時が近づいているからです。
5:9 兄弟たち。さばかれることがないように、互いに文句を言い合うのはやめなさい。見なさい。さばきを行う方が戸口のところに立っておられます。
5:10 兄弟たち。苦難と忍耐については、主の御名によって語った預言者たちを模範にしなさい。
5:11 見なさい。耐え忍んだ人たちは幸いだと私たちは思います。あなたがたはヨブの忍耐のことを聞き、主によるその結末を知っています。主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられます。
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神を信じる者は金持ちになってはいけないのか。
これまで出会って来たクリスチャンの方で、金持ちになってはいけないことはない、とされる方のほぼ全てはまあまあな金持ちの方々だ。
牧師さんやらもまた、金持ちになってはいけないことはない、と口を揃える。
きっとそうなのだと思うのだが、今日のみ言葉からは、神から見た金持ちとは、相当難しいポジションにいる人のことなのだなとわかる。
私や我が家は金持ちだとは思わない、いや実際、大した金を持っているわけではない。
しかし、持ち家、車、それなりの身なり、食も悪くなく、どちらかと言えば、平均的な一般家庭よりも贅沢している。
そのことをして、今日のみことばを受け止めると、やはり苦々しい。
主の日は近い、耐え忍びなさい。
互いに言い合うのをやめなさい。
主の御名によって語った預言者に倣いなさい。
どのようにしていけばよいのか、正直今はわからないのだが、神に従うというのは、指令を全うするというより、まずは従うための一歩を踏み出すことにあるように思う。
ナアマン将軍のように。
そうすれば、神が私の行動に関与しみちびいてくださるのではないか。
私の一歩とは何か。
贅沢に暮らす私の一歩とは。
答えが見えてくる。