33:12 エサウが、「さあ、旅を続けて行こう。私があなたのすぐ前を行くから」と言うと、
 

33:13 ヤコブは彼に言った。「あなた様もご存じのように、子どもたちは弱く、乳を飲ませている羊や牛は私が世話をしています。一日でも、ひどく追い立てると、この群れはすべて死んでしまいます。
33:14 あなた様は、しもべより先にお進みください。私は、前を行く家畜や子どもたちの歩みに合わせて、ゆっくり旅を続け、あなた様のもと、セイルへ参ります。」

33:15 それで、エサウは言った。「では、私と一緒にいる者の何人かを、あなたのもとに残しておくことにしよう。」ヤコブは言った。「とんでもないことです。私はご主人様のご好意を十分に受けております。」

33:16 エサウは、その日、セイルへ帰って行った。
33:17 一方、ヤコブはスコテへ移動し、そこで自分のために家を建て、家畜のためには小屋を作った。それゆえ、その場所の名はスコテと呼ばれた。

33:18 こうしてヤコブは、パダン・アラムからの帰途、カナンの地にあるシェケムの町に無事に着き、その町の手前で宿営した。

33:19 そして、天幕を張った野の一画を、シェケムの父ハモルの息子たちの手から百ケシタで買い取った。
33:20 彼はそこに祭壇を築き、それをエル・エロヘ・イスラエルと呼んだ。

 

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ヤコブはエサウと和解し、エサウの住むセイルに行くと言っていたのにスコテに住む。

エサウを欺いたのかどうなのか、真相はわからないのだが、エサウに対して先に行くように頼み込んでいることも踏まえて考えると、エサウと行動を共にすることを避けたように見える。

これは、実は賢明な判断であったと思う。影響を受けてしまうエサウと行動を共にしていては、ヤコブの信仰に問題が出る可能性がある。

 

シェケムに帰還したヤコブの行動の中で注視するのは、築いた祭壇に自分の名前をつけているところだ。

イスラエルとは、人となった神とヤコブが格闘した時に、神から賜ったヤコブの新しい名前だが、それを祭壇の名前にするというのはいかがか。

 

日本には多くの神社があるが、亡くなった偉人の名前が付けられた神社もある。そして、神ではなくその人を拝むという習慣もついてくるわけだ。

 

まさにこれこそ偶像礼拝(「偶像」とは形はそれっぽくても中身は空っぽという意味)の極みと言えるが、同じ傾向がこの時のヤコブにもあったと言えなくもない。

 

今日のみことばから知らされることは、うまくいった時ほど信仰に気をつけるということ。

健康、経済状態、人間関係などに問題があり、神にひたすら願い、縋っている時、信仰は実は研ぎ澄まされていることが多い。

しかし、ヤコブがそうであったように、それらが解決した時に、神への信頼よりも、個人の楽しみに夢中になり、欲をむさぼる心が出てくる。

聖書の神は、確かにイエスを通して救いの道を用意してくださったが、その道を行くかどうかは個人の選択になる。

つまり、信仰を保つかどうかというところだ。私は、救いに与って死んだ後も永遠のいのちを受けて神と住まいたい。

だからこそ、そのような”良くなった”時にこそ習慣性に立ち返り、毎日の礼拝と、みことばへの従順を意識していかなければ、と思う。