26:23 彼はそこからベエル・シェバに上った。
26:24 主はその夜、彼に現れて言われた。「わたしは、あなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしがあなたとともにいるからだ。わたしはあなたを祝福し、あなたの子孫を増し加える。わたしのしもべアブラハムのゆえに。」
26:25 イサクはそこに祭壇を築き、主の御名を呼び求めた。彼はそこに天幕を張り、イサクのしもべたちは、そこに井戸を掘った。
26:26 さて、アビメレクがゲラルからイサクのところにやって来た。友人のアフザテと、その軍の長ピコルも一緒であった。
26:27 イサクは彼らに言った。「なぜ、あなたがたは私のところに来たのですか。私を憎んで、自分たちのところから私を追い出したのに。」
26:28 彼らは言った。「私たちは、主があなたとともにおられることを確かに見ました。ですから、こう言います。どうか私たちの間で、私たちとあなたとの間で、誓いを立ててください。あなたと盟約を結びたいのです。
26:29 私たちがあなたに手出しをせず、ただ良いことだけをして、平和のうちにあなたを送り出したように、あなたも私たちに害を加えないという盟約です。あなたは今、主に祝福されています。」
26:30 そこでイサクは彼らのために宴会を催し、食べたり飲んだりした。
26:31 翌朝早く、両者は互いに誓いを交わした。イサクは彼らを送り出し、彼らは平和のうちに彼のところから去って行った。
26:32 ちょうどその日、イサクのしもべたちが帰って来て、自分たちが掘り当てた井戸のことについて告げた。「私どもは水を見つけました。」
26:33 そこでイサクは、その井戸をシブアと呼んだ。それゆえ、その町の名は、今日に至るまで、ベエル・シェバという。
26:34 エサウは四十歳になって、ヒッタイト人ベエリの娘ユディトと、ヒッタイト人エロンの娘バセマテを妻に迎えた。
26:35 彼女たちは、イサクとリベカにとって悩みの種となった。
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井戸とは水を産するものであり、めぐみの象徴と言える。
その井戸がまたもや見つかるということは、まさに神の祝福だ。
イサクは神から祝福の契約のことばを受け取るが、神はそれをアブラハムのゆえ、と言われた。
このことをよく覚えておかなければならない。
アブラハムの信仰のゆえに結ばれた契約は、今もまだ続いているのだと私は思う」。
信仰というのは、自発的なもの(もっと広い意味では与えられているとも言えるが)であるから、神と個人との契約は、あくまでも個人のものだと考えている節が私にはある。
それはそれで、神との関係性という点では間違っていないのだろうが、神がアブラハムと結ばれた契約のひな型がある、と考えればよいだろうか。
そして希望的には、神との関係性の回復に伴い、イサクが井戸を与えられたように、物質的祝福もある、ということだ。
事実、私は大いに祝福された。
神は無限のお方である。
更なる祝福を期待して、従っていきたい。