1コリント2
10 それを、神は私たちに御霊によって啓示してくださいました。

御霊はすべてのことを、神の深みさえも探られるからです。

11 人間のことは、その人のうちにある人間の霊のほかに、いったいだれが知っているでしょう。

同じように、神のことは、神の霊のほかにはだれも知りません。

12 しかし私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神からの霊を受けました。

それで私たちは、神が私たちに恵みとして与えてくださったものを知るのです。

神が与えてくださる神の聖霊によってわれわれ人間は、神から無償で与えられるものを知る:永遠のいのち

つまり、永遠のいのち=天国が与えられていることを知るのは、人間の知的理解ではなく聖霊によるもの

13 それについて語るのに、私たちは人間の知恵によって教えられたことばではなく、御霊に教えられたことばを用います。その御霊のことばによって御霊のことを説明するのです。

14 生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらはその人には愚かなことであり、理解することができないのです。御霊に属することは御霊によって判断するものだからです。

15 御霊を受けている人はすべてのことを判断しますが、その人自身はだれによっても判断されません。
16 「だれが主の心を知り、主に助言するというのですか。」しかし、私たちはキリストの心を持っています

 

先日来、どのようなことばを用いてパウロが宣教してきたのかが語られている。

それは、人の知恵から出る言葉ではなく、神から与えられるものによって。

 

また、それがどういうことかを知るのもまた、ただ知的にわかるのではなく、神から与えられた霊によってこそ知るのだと。

つまりは、伝えることも神、知ることも神、によるのだということ。

 

16節のみことばは重い。「私たちはキリストの心を持っています。」

 

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聖霊のバプテスマを受けたという方がいる。私の知る人でも何人か。

火のバプテスマとも言われる聖霊の注ぎであるが、私はそのような体験をしたことがない。

それを受けると、弟子たちがそうであったように、神に仕えることで充満されると言う。

 

今の生活に不満があるわけではない。

家内との生活、住い、身なり、毎日の食事、経済的にも暮らしぶりも、かなり良い方だと思う。

仕事も悪くない。めぐまれている、私は。

ただ、時々感じること。「これのために私は生かされているのだろうか」と。

 

私も聖霊のバプテスマを受けたい。

神の働きによって、何もかもを捨てることになったとしても、それが神の召命であるなら、むしろ喜ばしい。

 

私は、聖霊のバプテスマはまだ受けていない。

しかし、キリストの心は持っていると思う。

それだけが、今の私のアンカーだ。

 

今日起こる全ての栄光は主のもの。