マラキ3
13 あなたがたのことばは、わたしに対して度を越している。主は言われるあなたがたは言う。『私たちが何と言ったというのですか』と。
14 あなたがたは言う。『神に仕えるのは無駄だ。神の戒めを守っても、万軍の主の前で悲しんで歩いても、何の得になろう。
15 今、私たちは高ぶる者を幸せ者と言おう。悪を行っても栄え、神を試みても罰を免れる』と。」
16 そのとき、主を恐れる者たちが互いに語り合った。主は耳を傾けて、これを聞かれた。主を恐れ、主の御名を尊ぶ者たちのために、主の前で記憶の書が記された。
17 「彼らは、わたしのものとなる。万軍の主は言われるわたしが事を行う日に、わたしの宝となる。人が自分に仕える子をあわれむように、わたしは彼らをあわれむ。
18 あなたがたは再び、正しい人と悪しき者、神に仕える者と仕えない者の違いを見るようになる。」
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「クリスチャンではない悪いやつらの方が、楽しそうに生活しているじゃないか」
バビロンから逃れてエルサレムに帰ったイスラエル人たちだが、苦しみのある生活が続いていたのだろう。
その祭司が神様に漏らす。私は、この気持ち、少しわかる気がする。
まともではない仕事をして失敗し、ややこしい人たちからの大きな借金を抱えている時、福音を聞いたクリスチャンになった。
私の事だ。
教会は、私にとってのシェルターとなり、借金を含めた数々の問題も奇跡的にクリア出来、平穏な毎日を手にすることが出来た。
会社にも就職し、まともではない仕事から脱した。
しかし、そのまともではない仕事で協働した連中は、生活ぶりも、身なりも、車も家も、良いのだ。
それを見ると、クリスチャンになったことが、どこか損な気がしてくる。
しかし、それは誤解だったと今はわかる。
あれから10年経過したが、私は神を信じてきて良かったと思っている。
もっと長い年月を経れば、更にはっきりとしてくるだろう。
神は得。
こんなことを言うと、叱られるか。
ただ、私は本気でそう思っている。
それは宗教的な徳のことではないか、と言われるかも知れない。
いや、得、だ。経済的部分も含めている。
そんな神から離れる者にならないよう、祈りをもって信仰を守っていかなければ。