選挙というものに違和感のわたしです。この違和感にキチンと向き合うために本を読むことにしました。森元斎さんの「アナキズム入門」です。え?今頃?はい、そうなんです。ときどき、「わたし」が「わたしはアナキストだ」と言っていたと思いますが、なんちゃってアナキストでたいして勉強もしていなかったと思います。まあ、そんなことはどうでもよろしかろう。大事なのは今とこれから。
森さんの本は文体も今風で読みやすく面白い。アナキズム入門というだけあって、アナキストの始祖たちの紹介になっているのですが、その筆頭に激動する19世紀のフランスに生きたピエール=ジョセフ・プルードンのお話があります。「アナーキー」という言葉を初めて使った思想家と言われる人です。フランスで繰り返される革命、しかし、貧乏人の豊かな生活は得られなかった。そんな中で、プルードンは何を考えていたか。森さんが解説します。
「・・・・彼が考えていた革命は当時、社会革命であって、政治革命ではなかった。どういうことか。
政治革命とは文字通り、王のいない政治体制、つまり専制政治体制の打破にある。加えて言えば、ブルジョワが支配する政治体制の打破にある。彼が考える社会革命とは、これ以上に、私たちの生活やそれによって構成される社会のあり方を変えることにある。つまり体制が変わろうとも、私たち貧乏人の生活が豊かにならなければ、まったく意味などない。政治革命なんか起こしたって、私たちには何の関係もない。そうではなくて、私たちの生活が豊かになるように、根本的なレベルでの体制の、制度の革命をしなければならない、そう考えていた。」
わたしのモヤモヤがここにありありました。日本でも世界中でも政権交代しても変わらないわたしたち貧乏人の生活、それで人々は政治や選挙に期待も希望も持てなくなっていく。わたしもそうですが、もっと突っ込んで、国家や選挙はむしろ、わたしたちから豊かさを奪っているのではないかと思い至るのです。
「人間に対する人間の統治は、いかなる名称を装おうとも、抑圧である。社会の最高の完成は、秩序とアナルシーとの結合に存する。」(プルードン『プルードンⅢアナキズム叢書』三一書房、一九七一年、三〇〇頁)
アナルシー、つまり「自由」、ここでは「無政府」と森さんの解説。久しぶりに「アナキズム、しっくりくるじゃん、わたし」と気分良くなって、ツイートしました。で、どうするの?・・・さあね。
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今さらながら、政治革命ではなく社会革命を起こさねばだめなんだと思う。支配者の首をいくら掛け替えてもわたしらは豊かな生活などにはたどり着けない。もはや政権交代に夢見られるほど若くはない。ていうか、無政府主義に憧れたのは十代半ばのことで、大人になれば何かやれる気になっていたのになぁ。
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画像の説明
新書の表紙。書いてある文字「森元斎 アナキズム入門 CHIKUMA SHINSHO ・・見せかけの土壌を変える。生活に、具体性に、自然に足をしっかりつける。地を遣うことが重要なのだ。こうしたアナキズムの基礎に基づいてマフノはコミューンを作っていった。ルクリュは進化を唱えていった。クロポトキンは相互扶助を再発見していった。バクーニンは、暴れた。ブルードンは革命を唱えた。…」ちくま新書1245












