明日のわたしへ -56ページ目

明日のわたしへ

昨日のわたしが今日のわたし、明日のわたしとは限らない。だから、わたしは明日のわたしに記録を送る。
⭐︎「白い狼のため息」の過去ページをこちらに移しました。

 キュービックジルコニアのお星様でチャームを作成しました。前に作製した14金GF(ゴールドフィルド)のチェーンネックレスに付けてみました。
 老眼と小さなものが掴みにくい指でチャレンジ!という感じがよく出ているでしょう?要するに雑な仕上がりです。
 誰ですか、材料がかわいそうなんて。14金GFも高くなったよね。







 これまで生きてきて、自分の性について疑問を持ったことがないという人が多数だとわたしは知っています。生まれた時に与えられた女性であるとか男性であるとかいう区分に沿って、女性らしく、男性らしく育てられ、思春期頃には身体も概ねそのように成長し、異性に恋愛感情を持つ。それが多数の人たちであり、常識でしょう。しかし、わずか1%の人たちはそうではないと最近は知られるようになってきました。LGBT(レズビアン、ゲイセクシュアル、バイセクシュアル、トランスジェンダー)は、言葉としては市民権を得てきました。しかし、LGBは性的指向をさすものであり、T・トランスジェンダーは性自認のあり方を示すものなので、同じ枠に入っているのがおかしいと、わたしは思います。

 男性の身体を持って生まれた人が成長して女性の自覚を持ち、女性として生きていこうとする人をトランス女性(MTF)といいます。逆のケースはトランス男性(FTM)です。トランス女性は女性を表現する服装で生活し、女性のトイレや銭湯に入るのは当然だとわたしは思います。しかし、トランス女性が「見るからに女性」でなければ、トイレでも銭湯でも「男性として」排除されるでしょう。トランス女性は、最初から女性の人よりも一生懸命に「女性らしく」することに努力している人が多いです。そのことは「女性とはこうあるべき」という女性のステレオタイプ化に沿う行為でもあり、フェミニスト的には疑問を感じる行為ですが、最初から女性でなかった人の目指す女性というものが、社会的に確率されている姿であるため仕方がない部分があると思います。わたしの経験で言えば、自分が女性の身体を捨てたいと思ったとき、「男性」になるしかないと考え、下着も何もかも男性用の衣服を揃え、言葉使いも「男っぽく」ふるまったという時期があるので、理解できます。戸籍上の性別を男性に変更し、身体も女性の部分を削除したいと真剣に考えていた数年間でした。しかし、わたしは薬物アレルギーがあり、お金もないしで手術は諦めました。けれども、わたしは今でも身体の女性の部分は脱ぎ捨てたいと思い続けています。

 そして最近出会った言葉がノンバイナリーです。ノンバイナリー(non-binary)とは、身体的性に関係なく、自身の性自認・性表現に「男性」「女性」といった枠組みをあてはめようとしないセクシュアリティです。わたしもこの分類に入るのでしょう。自分を表現する言葉は、「多数派の普通の人」でないものにとって重要です。ぼんやりしていると、多数派に流されていくけれど、それは本当は違うのでストレスになるのです。自分は何者なのかは死ぬまで問い続ける課題だと思います。ちなみにこの数年は、男子の下着を買うこともなくなりました。ここ数ヶ月は、むしろフリルやレースたっぷりの衣装を好んで着ています。気持ちが落ちていて優雅なものに憧れます。

 この国で、女と男の役割を担わせる家父長制は、天皇制と相互補完だし、妻は家事・育児、夫は仕事の終身雇用を支えたし、戸籍制度・婚姻制度は、恋愛〜結婚〜出産〜家族の中に様々な市場を開発して人民を搾取した。資本主義社会では世界のどこも同じようなもの。そういう社会でトランスジェンダーやノンバイナリーといった性的少数者は排除されている。国内のSMSしか知らないけれど、「トランス女性は男性だから女子トイレに入るな」という差別について議論が繰り広げられているが、性的少数者は、トイレどころか仕事につけない、住まいを借りられない、学校や職場、家庭で排除され、自死する人も多い。トランス女性は女性です。最初から女性の人とも共に生きていこうとする人です。トランス女性とひとくくりにして排除、差別するのはやめてほしい。トランス女性が女子トイレの前で、入ってもいいのか悩む姿を想像してほしい。女性たちが闘うべき相手は、女性差別を放置・奨励する社会です。

 

 途中まで読みました。
『トランスジェンダー問題――議論は正義のために』ショーン・フェイ (著) 高井ゆと里 (翻訳)..

 

 中村文則「悪と仮面のルール」394頁。登場人物に端正な顔立ちの人が多い。この小説も性的描写が細かい。女性についても天使のように、あるいは女神のように、そして、あからさまな肉欲を感じさせる表現が多い。テーマは人を殺すとはどういうことなのか。バッドエンドを予想していたが裏切られた。



 11月8日、福岡県糸島市の雷山千如寺大悲王院というところに行きました。友だちが、「たまには気晴らししなさい」と車を出してくれました。天気も良く、美しい紅葉を見ながら、「うん、あんなに暑かった夏も終わって、ちゃんと秋がきたね」となんとなく安心しました。








 それから、唐津市「虹の松原」にも行ってきました。久しぶりに見る海は、ずうっと遠くまで海でした。これがまた、わたしを安心させました。海も空も鳥も木々もわたしの憂鬱に関係なく、そこにありました。そのことがむしろ、わたしの存在を許してくれていると感じられ安心できたのです。お友だちさま、ありがとうございました。






 11月6日に、外国人技能実習生権利ネットワーク総会・記念講演が予定されています。記念講演は非会員でも参加できますので、案内をアップします。

(記念講演)
日時 2022年11月6日(日)

    14時 受付開始   14時20分 開始  16時終了予定
講演 中島眞一郎さん

   「技能実習生の妊娠出産問題 最高裁でのとりくみ」

場所 連合会館402会議室+オンライン(Zoom)配信
【リンク先】参加希望の方 申込期限は11月4日(金)まで
 https://forms.gle/G8kqJMRXhv7NWqpG7

 中島眞一郎さん(コムスタカー外国人と共に生きる会)から「技能実習生の妊娠出産問題 最高裁でのとりくみ」と題した記念講演をいただきます。中島さんは、熊本県内において、死産した双子の遺体を遺棄したとして死体遺棄罪に問われている、ベトナム人元技能実習生リンさんの支援をされています。
 この事件については、2022年1月19日、福岡高等裁判所において、懲役3カ月執行猶予2年の有罪判決が出されていて、現在、無罪判決を求めて、最高裁判所に上告しています。中島さんには、本事件や、他の技能実習生の妊娠出産問題にも含め、ご講演をいただく予定です。
 
【 中島眞一郎 さんコメント】
 今回「技能実習生の妊娠出産問題 最高裁でのとりくみ」というテーマで70分の講演時間(質疑20分)をいただきましたので、リンさんとの2020年11月下旬警察署での面会という出会いから、現在までどのような支援をし、リンさんとの関係や弁護団や支援運動の形成、支援運動をどのように広げていったのか、リンさんの死体遺棄罪の無罪主張がもつ意義や展望、コムスタカの技能実習生などの妊娠・出産問題の解決事例などについて報告します。オンラインでの参加可能です。
 興味と関心とある方は、リンク先:https://forms.gle/G8kqJMRXhv7NWqpG7に申し込んでください。