明日のわたしへ -45ページ目

明日のわたしへ

昨日のわたしが今日のわたし、明日のわたしとは限らない。だから、わたしは明日のわたしに記録を送る。
⭐︎「白い狼のため息」の過去ページをこちらに移しました。

ちょっぴりハンドメイド。
牛革のチョーカー紐に好きなチャームを付けてパンクに仕立てた。
メルカリで紐もチャームも購入したよ。
腰から下げる飾りチェーンを作って、残りのチャームを付ける予定。

捻り紐に銀色の蜘蛛のチャームを付けた首の画像。



右側にペンチ2本、左側にマルカンなどのハンドメイド資材の入ったケース。
手前に銀色の蜘蛛や蜘蛛の巣のチャームが幾つかある画像。

 タイドラマ「ニラの復讐」というドラマを観始めた。幼い時から「男の子らしくない」と富豪の父親から嫌悪されて育ったニラ、ニラを生んだ母親は夫から日常的に暴力を受けていた。成長したニラは離婚した母親と共に新しい人生を歩むため、性別適合手術を受ける。しかし、その退院の日、母親は夫からの「嫌がらせ電話」に気を取られて交通事故死する。絶望するニラは父親への復讐を誓うといったドラマだ。

 わたしが驚いたのは、ニラのバッグから出てきた器具、そしてそのあとのニラの苦痛に顔を歪めるシーンだった。この器具、膣形成リハビリのダイレーションに使われるもの。ニラは女性として生きるために膣形成もしていた。しかしドラマの映像でその苦痛を描いてみせるなど予想もしていなくて大変驚いた。さすが性別適合手術において世界一を誇るタイ。ドラマの中では、精神科医がニラに手術は本人の意思で行ったのか、母親の意思ではなかったのかと追及する場面があった。このドラマでは、性別適合手術を希望する者に対して安易ではない姿勢が感じられた。性別適合手術は、取り返しのつかない手術なのだから、それなりの覚悟が必要だとわたしも思う。そして、誰もが選択できる生き方ではない。身体の事情、精神の事情、環境の事情、様々な事情の上で手術を決意しても、後遺症やリハビリ、そして、同じように精神、環境の事情がうまく整うかわからない。そういったことを乗り越えて、ようやく得られる女性の身体なんだろう。

 ドラマは、このあともニラのトランスジェンダーであるから訪れる葛藤や苦痛を織り交ぜながら綴られていくのだろうか。21話完結の2019年公開のドラマ、しっかりと見届けたい。

 今もトランスジェンダーへの差別、攻撃がやまない。ドラマの父親の息子への憎悪は期待した跡取りとしての「強い男の子像」が望めないコトへの落胆によるものだった。しかし、現代日本のトランス差別は、差別され冷遇されている女性たちの男性への怒りと恐怖から始まった。トランスジェンダー女性が女性のふりして男性性を保ったまま、女性を脅かすという妄想。LGBT法案が通れば、LGBTが増えるとか、トランス女性が女性トイレに入って女性を襲うとか、デマが広がっていて、その論争は果てがない様子。しかし、この論争を利用するシス男性の醜さはどうだ。本来、男性は女性のふりして女性スペースに入り込むな、男性は女性をおそうなと男性に向けて言うべきところをトランスジェンダーに向かわせている。ふだん、男性への不満、不安、恐怖を感じている女性ほど、この妄想と相手間違いの攻撃は激しいと感じる。

 しかし、トランスジェンダーはずっと以前から、あなたの隣にいたよ。トイレに入るのもひと目を気にして入っていたよ。女性専用の浴場に飛び込んだりしないよ。男性嫌悪をトランスジェンダーに向けないでほしい。

 わたし?わたしは、自分の身体が女性を示していることに嫌悪を抱くもの。ジェンダーというところでは、女性にも男性にも属したくないもの。どちらかを選択しろと求められて、トイレの前で一瞬すくむもの。
 

 昨日は通院日だった。歯科が2週間おき、眼科が3ヶ月おき、精神科は4週おきだ。耳鼻科は個人判断で停止。整形外科と内科に行ったほうがいいかもという症状はあるけど、これも個人の判断で保留。

 昨日のは精神科だった。自立支援だなんだの書類を預けて、診察。医師がいつも通り、「どうですか?」と尋ねるので、「8年ほど使ってきたヒソカという名前をけいこに変えました。対面でも書類上でも、九電のお客様登録でもヒソカだったんですが、ここのところ、その名前に違和感を感じていて、みなさんには面倒だけど変更をお願いしました」と話した。医師は「そうですか」と言うだけ。

 わたしは話を続けた。「ヒソカは性別違和があって、手術や戸籍変更を目指していたようです。でも、男性にもなりたくなかったと気がついて、性別変更はやめたのです。」「わたしは最近、他の人格の記憶がひらめくのですが、桜子、りょうこという名前を名乗ったことはありますか?」

 医師は「ここでは聞いていませんね」と答えた。わたしは、その2人のことを少し話してみたけれど、医師は全く知らないようだった。わたしの中の人格は5人という話をしたのは、この医師ではなかったのだろうか。それとも医師が覚えていないのか。他の人格のために知らないふりしているのか。よくわからないが、わたしがわかる人格はわたしを入れて6人だったと気がついた。

 医師は、わたしの人格が何人だろうが、どの人がどんなだろうが気にならないようだった。わたしが診察に来るたびに違う姿なので、「いろんな方がいらっしゃるんだなと思っていました」と言っていた。「今日はロッカーみたいですね」と言われた。

 この日は、戸籍変更の話から気になって、「他の人たちはどうされているんでしょう?戸籍変更とかありましたか?」と尋ねてみた。本名で呼ばれると子どもの時の虐待を思い出すので戸籍変更したいという方の診断書を書いたことがあるという話を医師から聞くことができた。わたしも性別変更はパスだけど、名前は変えたかったな。そういう手があったのか。でも、わたしは名前を呼ばれて生活できないほど苦しんだりはしていないからなぁ。我慢できないことは人によって違う。

 しかし、ロッカーか。医師はパンク・ファッションて言葉をご存知なかったかな? 実は、わたしは本当はゴシック・ファッションでいきたいんだよね。だけど、ゴシックって、めちゃ高い。細かなレース、ひらひらフリル、ダーツ、たくさんの生地に高度な技術を要するゴシックの服は高価です。まあ、人格が変わるたびに変わるファッションだから、お金をかけるのは不毛。でも、顔形は変えられないから、自己主張は衣服にこだわるしかないのよね。明日のわたしも今日のわたしであることを願いつつ。


画像は、お店のトイレの鏡で自撮り。上半身。黒マスクに黒の首輪、黒のパーカーにはドクロやリボン、チェーンと賑やか。目玉の指輪。


 

 5月の連休、福岡は、たいてい雨が降る。今年もちゃんと雨が降り、降り・・・えー、大雨過ぎるでしょ。まあ、わたしはおうちで動画観るもんねと思いつつ、週明けの精神科診察の時に持っていく書類の準備していました。自立支援医療制度の更新申請、精神障害者保険福祉手帳の更新申請。毎年、面倒な手続き書類、小さな文字が多い。記入するところが狭い。役所の書類って目が悪い人間に厳しい。

 すると、離れて暮らす家族「その1」から電話があり、「ドライブに行こう」とのお誘い。え、この人、運転できたっけ?と不安を全面に出して「えー、運転できるの?大雨だよ。どこ行くんよ?」と聞くと、「うん、雨だから夫の車を借りられるのよ。海の中道、志賀島とかどう?」と言う。その1の夫はおひさまの下で仕事する人だ。その1は(福岡)県外に住んでいる。「今から2時間半くらいで迎えに行けると思う」と言うので、今すぐじゃないんだ、どうせ暇だし、いっかーとドライブに参加することになった。

 しかし、2時間判後、「ごめん、道、間違えた。あと1時間、いや45分かかりそう」と電話があった。「え、今、どこ」と聞くと、その1の家からうちまでの半分も届いていない。でもまあ暇だし、動画観て待つことにした。既に昼飯も食っていた。

 結局、1時間後にその1が到着。雨足が強く、車に乗り込む間にも傘がいるほどの悪天候だがドライブ。BGMはBTSだった。前に乗せてもらった時はその1の夫の趣味でラテン系っぽい奴で苦手だったので安堵した。しかし、運転免許証取得は2年前というが、いまだに左折が不得手らしく、「ここを曲がるのでは?」というところをスルーして進むため、目的地にすんなり行けず、回り道が多い。わたしは知らない道の風景を見るのが好きなので楽しかったが、その1は緊張してのドライビングのようだった。隣で見ていると運転者は右も左も前も後ろも見なければならない。標識も瞬時に読み、どちらに進むか、停めるかなど考えるより経験からくる脊髄反射的動作が必要のようで、こりゃ、やっぱ後期高齢者には厳しいのではないかと勝手な妄想。とにかく雨がひどくて前が見えないほどの時もあって、「この命、あなたにお任せします」の覚悟が必要かもと思う瞬間も何度か。

 道を間違えて、橋を渡って向こうに高層ビルがいくつか立っていたが、そのビルの上の方に雲がかかって、まるで登山のはてに見た雲海を思わせる風景に出くわした。撮影したいと思ったけど、道を間違えて焦るその1に配慮して控えた。しかし「あの雲の中に洗濯物干していたらビチャビチャよね」とその1が言った。その1は意外に現実的で冷静だった。帰宅して調べるとそれは「層雲」というものらしかった。2000メートル以下に出現する最も低い雲とのこと。もっと下にくると霧と呼ばれる。気温差でできるみたいだ。そうかぁ。とにかく不思議で幻想的な雲だった。

 どうして突然のドライブだったのか、その1に聞いた。その1が以前、食あたりで苦しんだ時に夫が車で病院に連れて行ってくれたそうだ。回復してから、自分は夫に面倒を見てもらうことがあるけれど、自分は夫に何かしてあげたことがあるだろうかと考えた。それで、いざという時のために運転免許を取ったけれど、その後、運転の機会がなく、これじゃ「使えない」と思い、運転の練習をしようと思ったとのことだった。その1からは不仲っぽい話、愚痴しか聞いたことがなかったので驚きの打ち明け話だった。その1は、わたしがはじめて妊娠、出産、育児した子だった。大人になってからもいろいろあったけれど、ちゃんと成長している心に触れることができて、人生ってマジ面白い。

 和白、雁の巣、海ノ中道、西戸崎とまわった。漁師町に入り込んで「喫茶店」と書いてある店に入った。魚とり網や浮き、海藻、貝殻など雑多に並んでまるで居酒屋だったが、ベイクドクリームチーズケーキとコーヒーが本格的に美味しくて驚いた。海岸の見えるテラス席もあり、そこはペットもOKだった。晴れていたら絶景だっただろう。しかし、店の名前も場所も覚えていないなぁ。薄情な客で申し訳ない。

 休日らしい休日を楽しめた5月5日だった。帰宅してツイッターを開くと、「今の元号」の5年と5月5日で555=ファイズの日として大いに盛り上がっていた。人生の大半、仮面ライダーを愛してきたけど、元号に親しんでいるところはどうにも好きになれないなぁ。


⭐︎画像は2024何公開の仮面ライダーファイズの新作映画ポスター。「夢の続き見せてやるよ」との記載あり。



 

 

 4月29日、天神パルコ前で午後4時からスタンディングしました。天皇制に問題あり!福岡連絡会の呼びかけです。天神は雨というのにものすごい人出でした。ゴールデンウィーク初日であり、天神北側のファッションビルが前日に改装開店したためでしょうか。地下街では放生会の混雑のように立ち止まることが出来ないほど人がいっぱいでした。
 この日は午後1時から3時まで、「戦争はいらんばい! 岸田政権NO!4・28沖縄デー行動集会(警固公園)とデモがあり、午後4時のスタンディングに流れてきてくれた人もあり、参加者ははじめ6人くらいでしたが、最終的に15人くらいになりました。しかし、マイクスピーチの声も聞き取れないくらいの大雨でした。わたしの傘は晴雨兼用で、途中から傘の中に雨が降り出しました。雨専用でないとだめですね。

 4月29日は「昭和の日」で、「祝日」ですが、「昭和」前半は「天長節」、その後は「天皇誕生日」、昭和天皇崩御後は「自然の恩恵に感謝する「みどりの日』」になり、さらに2005年の祝日法改正で「昭和の日」に改められ、2007年から施行されました。「昭和の日」は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」と定められています。
 しかし、天皇の在位期間を元号であらわし、誕生日を休日にし、わたしたちの普段の生活に入り込む天皇制という身分制度に慣れてはいけないと思います。差別に反対するのなら、婚姻を二人の合意でのみ決められない天皇制、妻に男子を生むことを強制する性差別の天皇制、障害者に後継させない天皇制にも反対すべきです。特に4月29日は戦犯ヒロヒトの罪を思い返す日としてあるべきです。

 

画像 横断幕「天皇なんかいらない!」の左に傘と「昭和の日反対のプラカードを持つ人、その左に傘とマイクを持ってスピーチする人。

 

画像 「日の丸・君が代を強制するな」のプラカードと傘を持つ人。

 

画像 横断幕の左に傘とプラカードを持って立つ3人。幕の前に傘とマイクを持つ人。

 

画像 福岡駅コンコース前で傘とプラカード「昭和の日奉祝反対」プラカードを持つ人。

 

交差点手前で傘と「天皇制いらない」などのプラカードを持つ数人が立っている。