昨日も破天航路の撮影でした❗


ちなみにこの写真、本編とは全く関係がございません❗
破天航路「革ジャン部」としての写真❗
革ジャンにも着こなしバリエーションがあるのが破天航路のすごい所❗

さて

どうも❗
撮影後にメイク落とさずカッチリした忘年会行ってビックリされた者です❗

しかも資料で太刀をお見せしたら
「これからギターケース持ってる人見たら、刀に注意するよ❗」
と、言われましたが、そんなの我々くらいです

宝物🎵

さて、目の充血も薄れてきた


今日も頑張っていこう❗
としたら電車が止まってた

人生に艱難辛苦あり・・・

そんな今日は苦労人の天下人「徳川家康」の誕生日

家康と言えば、織田、今川に挟まれた小さな家に生まれ
人質に人生で少年期を過ごし
武田にやられ、織田に臣従し、豊臣に臣従し
やっとの思いで天下人になった方

家康さん、そのせいか世間では非常に「節約家」で通ってます
ちり紙1枚追いかけて庭まで行った話や
ご飯のおかずも質素だった事も有名

そんな家康さんの死因も食べ物に関する有名な説があります

所謂、鯛の天ぷらに当たった説

この天ぷらというのは実は擂り身を揚げたもの
今で言うさつま揚げに近いものでした

昔は魚を新鮮なまま遠くに輸送する手段があまりなかった為、加工して輸送するのが多かったんです
かまぼこや竹輪もそうですね

ただ、家康が「鯛の天ぷら」を食べたのは3ヶ月以上前の田中城での夕食
いくらなんでも食中毒にしては?ですね~

これ、最近の説では、吐血やしこりがあったという記録から
「末期の胃ガン」と言われてます

家康は健康オタクで当時としてはかなり長寿の数え75歳(満73歳)!

食事は質素で、戦国武将の頃の食生活を崩さず、麦飯と魚を好み、野菜の煮付けや納豆も好きだったそうです
そんな家康にトドメをさしたのが『薩摩揚げ』と思うとちょっと符丁めいてますよね🎵

『徳川実紀』によれば『(家康は)見る見る痩せていき、吐血と黒い便があり、手でさわると腹にできた大きなシコリがあった』

とあり、症状が胃癌患者によく似ているそうです

ちなみに、後に『家康公が天ぷらに当たって亡くなったから、江戸城内では天ぷらを揚げる事は禁止になった』という説話がありましたが、実は、天ぷらを揚げていた侍女がボヤを出したから
という記録が残ってます

以外な事実…

この時期、体には気を付けないとね❗

まあ、お前が言うな❗
って話ですが🎵