どうも❗
最近、子供たちに『おやぶん』と呼ばれてる者です❗
『ねぇねぇ、おやぶん、折り紙折って~』
どういう事🎵

今や『失われた役職名』だろうから、しょうがないか🎵

さて、昨日はガッツリ殺陣師と指導❗

みんな汗だくでついてきてくれました🎵
その中には何度か御一緒させて頂いた『娘』のような子も

ちょっと背が伸びたかな?
いや、ちょっとだけ大きくなったのかな?

ちょっと成長した姿にちょっぴり感動しました

他のメンバーからも色々質問を受け、型を直して、僅かばかりのアドバイスをさせて頂きました
その中にも、ベテランさんにも拘らず、私を『親分』と呼ぶ方もいらっしゃって
そんな❗と恐れ入ってたら
『なんか親分って感じなんだよ❗』と

そんな親分になりたいね~

実は今日はある『大親分』の命日❗


明治元年(1868)9月18日、徳川幕府の軍艦『咸臨丸』が新政府(官軍)の攻撃により清水港内で沈没。

勝海舟が切歯扼腕したのは想像に易い。

その時、傷つく徳川方の軍人達を、官軍の目を盗み
『ある男』の指揮のもと、清水の住民達が命懸けで助け、匿い、密かに逃がした事がありました。

住民の絶大な信頼がなければ、こんな芸当を出来る訳がない

これを可能にした男
その名を『清水の次郎長』という。

次郎長は、さらに清水湾に浮ぶ屍を集め、手厚く供養し葬った。

その最中、駿府藩の役人から、出頭命令がくる。

『どういう事だ!』

自ら出向き次郎長が堂々と吠える

『死ねばみんな仏だ!仏に官軍も徳川もない。仏を埋葬することが悪いと言うのなら、次郎長はどんな罰でもよろこんでお受けします。』

次郎長は博徒であり侠客。つまりはヤクザである
抗争し、人を殺した男が最後に行きついた境地か

侠客、清水の次郎長と幕臣、山岡鉄舟の『奇妙な友情』には以前述べましたが、次郎長は山岡鉄舟や勝海舟ら『滅びゆく幕臣』や迷走する日本人同士の戦いに、自分達を重ねたのかもしれませんね。

後に山岡鉄舟は
『一人の博徒、次郎長さんが一番高いところからものを見ていた』
と呟き、鉄舟が明治21年に亡くなるまで親交が続いた。

次郎長もこの17歳年下の不器用な幕臣、鉄舟が大好きだった。

次郎長は『清水の為、日本の為』と、決心する。

元々敵対していた『黒駒の勝蔵』が勤皇寄りだった為か、次郎長は幕府に力を貸す事があり、新撰組ら幕府軍へ博徒達を援軍に出した事もあったらしい。

山岡鉄舟、勝海舟らの協力を得て、次郎長は、清水の有度山の開発、三保の新田開拓、巴川の架橋、遠州相良ので油田の発掘、清水に英語教師を招聘し若者の英語教育を推進、蒸気船による清水港の発展にも尽力する。

富士の裾野の開墾にも携わり、そこには次郎長の名前が地名として(現富士市大淵次郎長町)残っています。

文章記録ではなく『人が伝えた英雄』ですね。

『清水みなとの名物は、お茶の香りと男伊達』
大政、小政、森の石松を従えた、ご存知次郎長親分の一代記!


今日は侠客であり、実業家であり『海道一の大親分』清水の次郎長の命日!

明治26年6月12日、74才で大往生をとげた海道一の大親分。

そんな『親分』という名で呼ばれた男がいたそうな



https://youtu.be/1FMWOvnIotE

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