今朝はちょっと冷え込みましたね♪
都内は曇り、朝の内は一部小雪もちらついたようですが、稽古場では汗が滴り落ちてます!
稽古場はかなり熱いです!
今日は私の役の殺陣つけでした!
皆様の御期待に応えられる様、稽古に邁進してます!
そんな中、稽古場にて女優陣
『せっかくの雛祭りなのにね~』
今日は雛祭り!
『桃の節句』ですね
しかしこの寒さでは花咲くかな…
元々『ケガレ』をヒトガタに托して流していたのが、平安期に人形を着飾る様になったのがお雛様
そのお雛様には実は『関東雛』と『京雛』ってのがあります。
お内裏様とお雛様の並びが違うんですね
関東雛は男雛を右(向かって左)に置き、京雛は逆とされます。
これには『日本の大いなる誤解』が元に!
以前『左遷』の話をした事がありましたが、元々中国の唐の官僚システムは『左』が『右』より偉かったんです。
だから帝は右側!
しかし日本に入って来る時点で『向かって』って文化から逆になっちゃったんです
日本では左側が偉くなり、結果、左大臣も、髭があって、いかにも偉そう!
右と左を指す言葉も『左右』、『左近の桜、右近の橘』と左が先ですよね。
皇室もこうらしいですが、明治の『文明開化』の西洋化で、近代、最初に即位式を挙げた大正天皇からは『西洋式』の為、右に立ったみたいです。
それで東京、いわゆる関東雛は、お内裏様を右側(向かって左)に配置するようになりました。
京や西日本の京雛はは、男雛を向かって右に置く家庭が多いですね。
最近では『現代式』『古式』なんて言う方もいます。
三人官女にも1人だけお歯黒、眉そり(江戸時代の『既婚』を表す)があったり、五人囃子の下の随身(または随臣(ずいじん)は、衛士でもある右大臣と左大臣で、どっちが本式?って意見については、飾り方が民間に普及したのは他の所作同様、江戸の頃なので、ぶっちゃけ両方あり!
その江戸の頃には、武家娘などの嫁入り道具の一つにも数えられるようにもなりました。
また、江戸時代は形代の性格の強い、立った雛を『立雛』、坐った雛を『坐り雛』(寛永雛)なんて呼ぶ事も!
式も男女一対の内裏雛を飾るだけの物が、十二単の装束を着せた『元禄雛』、大型の『享保雛』などが作られ(享保雛は享保の改革で禁止に)ました。
皆さんのおウチはどうですか?
都内は曇り、朝の内は一部小雪もちらついたようですが、稽古場では汗が滴り落ちてます!
稽古場はかなり熱いです!
今日は私の役の殺陣つけでした!
皆様の御期待に応えられる様、稽古に邁進してます!
そんな中、稽古場にて女優陣
『せっかくの雛祭りなのにね~』
今日は雛祭り!
『桃の節句』ですね
しかしこの寒さでは花咲くかな…
元々『ケガレ』をヒトガタに托して流していたのが、平安期に人形を着飾る様になったのがお雛様
そのお雛様には実は『関東雛』と『京雛』ってのがあります。
お内裏様とお雛様の並びが違うんですね
関東雛は男雛を右(向かって左)に置き、京雛は逆とされます。
これには『日本の大いなる誤解』が元に!
以前『左遷』の話をした事がありましたが、元々中国の唐の官僚システムは『左』が『右』より偉かったんです。
だから帝は右側!
しかし日本に入って来る時点で『向かって』って文化から逆になっちゃったんです
日本では左側が偉くなり、結果、左大臣も、髭があって、いかにも偉そう!
右と左を指す言葉も『左右』、『左近の桜、右近の橘』と左が先ですよね。
皇室もこうらしいですが、明治の『文明開化』の西洋化で、近代、最初に即位式を挙げた大正天皇からは『西洋式』の為、右に立ったみたいです。
それで東京、いわゆる関東雛は、お内裏様を右側(向かって左)に配置するようになりました。
京や西日本の京雛はは、男雛を向かって右に置く家庭が多いですね。
最近では『現代式』『古式』なんて言う方もいます。
三人官女にも1人だけお歯黒、眉そり(江戸時代の『既婚』を表す)があったり、五人囃子の下の随身(または随臣(ずいじん)は、衛士でもある右大臣と左大臣で、どっちが本式?って意見については、飾り方が民間に普及したのは他の所作同様、江戸の頃なので、ぶっちゃけ両方あり!
その江戸の頃には、武家娘などの嫁入り道具の一つにも数えられるようにもなりました。
また、江戸時代は形代の性格の強い、立った雛を『立雛』、坐った雛を『坐り雛』(寛永雛)なんて呼ぶ事も!
式も男女一対の内裏雛を飾るだけの物が、十二単の装束を着せた『元禄雛』、大型の『享保雛』などが作られ(享保雛は享保の改革で禁止に)ました。
皆さんのおウチはどうですか?