どうも!

よく小さい子にぺちぺち触られる者です

何に見えてんだろ…

さて、いよいよ週末に迫ったロケ!

内容は仇討ちなんですが、インディーズなので、私の『あるもの』でコーディネートを頼まれ、知恵を絞ってます

衣装代もなく、私が肩代わりして衣装を出している以上、コーディネーターとしてシチュエーションをいじったりする事もあり、もっと言うと
『絶対こう!ではなく、この方法にすればコレは『あり』だよ』

って『方法論』を出す係になる訳です

映像はやはり『画』で見せないといけないですし、逆に『画』を間違うと、意図と全く別の意味で伝わっちゃう事も多いんです

限られた時間と人と道具で作るなら、やはり『アイデア』!

そして『人物』!

ちょうどと言う訳ではありませんが、先日『ゴーリキー』の『どん底』という作品の話をする機会があった

話の流れで演出方法の話(※どん底は、コンスタンチン・スタニスラフスキーの演出で上演されてます)になり、ゴーリキーと並ぶ作家、アントン・チェーホフやレフ・トルストイの話を引き合いに出しました

このチェーホフの作品にはちょっと変わった所があります

まず主人公という考え方をなくし、主題もなくしたストーリーの構成を作ったんです

ロシア人研究者のチュダコーフは『チェーホフの作品は何かが起こっても、何も起こらない』と言いました

チェーホフの小説や舞台においては『何も起こらない』

チェーホフは外的要素を排除し『人物』に目を注ぎました

実は典型的なチェーホフの物語は筋がほとんどない!

常に登場人物たちの内面と、会話の端々や、ト書きによってストーリーを紡ぎ出すしかないんです!

役者や演出家泣かせです…

よく言えば、チェーホフは『内面のドラマ』を展開させるタイプの作家さんなんです

『かもめ』『三人姉妹』『ワーニャ伯父さん』『桜の園』などなど

『かもめ』のクライマックスなんてまさにアンチクライマックスだし…

ただこの技法は舞台には結構ポピュラーな方法となり、アニメ『エヴァンゲリオン』なんかでもありましたね

この方法を逆説的に捕らえ、今回の撮影の『色々』を決めて行ければ…

まずは『人物』から!

原作者ではない身で『二次元』を『三次元』にする仕事は苦労が絶えません…

今日はチェーホフの誕生日!
チェーホフにあやかってプロット書いてみます~