あちこちでまだ雪が降ってるみたいで心配です

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でれ~♪

今日は建国記念日『紀元節』です

そして2月11日と言えば『高田馬場の決闘』

1694年のこの日、堀部安兵衛(当時は中山姓)が舅の菅野六左衛門の仇討ちを助っ人した日です!

江戸中期最強の剣豪の一人と言われた『喧嘩安』!

剣豪繋がりで、今日は塚原卜傳(伝)の命日でもあります!

戦国~江戸初期には『剣聖』と言われた『実際強い』方ですね

よく『戦国最強』なんて言葉を耳にしますが、上杉謙信と武田信玄はタイマンではどうだったか?
信長や家康はどうだったんでしょう?

大戦中
『ヒトラーとアイゼンハワーが殴り合いをすれば軍隊(の兵士達の悲劇や犠牲)はいらない』

って言った方がいましたが、確かにその通り!

で、実質的な『個人的武力』はどうだったんでしょう?

私は武道家の端くれとして『個人的武力戦国最強』の一人に、ある武将を推します。

その方は伊勢国司北畠家の当主『北畠具教』

具教は剣術では前述の塚原卜傳の弟子で、奥義『一の太刀』を伝授された剣豪でもあります

また具教、旅をしてる剣豪、武術家を家に泊めては稽古を付けて貰ってたハイブリット剣豪で、上泉信綱からも剣を学び、柳生宗厳とは剣友で、彼らに宝蔵院胤栄を紹介したりした様です

我々の経験上『外のモノ』を学ぶこのタイプは、その流派しかやらない人より確実に『強く』なります!

その北畠具教も織田軍の侵略にあい、二ヶ月近くも大奮戦するが、遂に降伏
信長は降伏の条件として、信長の次男・茶筅丸(織田信雄)を息子の具房の養嗣子として入れる

※この息子『具房』は具教とは似ず、武術はからきしで、太り過ぎで馬にも乗れなかった…
具房は子がいなかったので、具教の娘の雪姫が茶筅丸に嫁ぐ形をとる

その後、具教を邪魔に思った信長は彼を暗殺!

しかも具教の強さを知ってた信長、腹心の佐々木四郎左衛門尉を寝返らせ、具教の刀の刃を潰しておいた!

しかし剣豪武将、具教!
信長の刺客19人を倒し、100人あまりに重軽傷を負わせたという

タイマンだったら『ヤンキーの頭VS大学剣道の強豪』
くらいの感じだったろうにな~

ちなみに室町13代将軍、足利義輝も塚原卜傳門下の兄弟弟子で『剣豪将軍』と呼ばれてました

彼もタイマンだったらどうなっていたか…