慶応四年(1868)3月14日
部屋の中に2人の男が対峙していた。

一人は大男
東征大総督府参謀『西郷吉之助』

一人は小男
幕府陸軍総裁『勝海舟』

新政府軍の江戸総攻撃予定日を明日に控えていた。

2人の会談は2回目
…と言っても1回目は前日の昨日

会談を取り付けた大男、山岡鉄舟はその後泥の様に寝たそうな

鉄舟の適中突破&直談判という戦国時代の様な活躍で、この日に勝と西郷と会談が成功した

勝海舟は『適陣中での会談』で将軍助命、江戸攻撃阻止を主張
周りは怒りに燃える薩摩隼人!
まさにいつ殺されてもおかしくない状況での交渉だった

交渉は難航
しかし、この歴史的会談で勝はとんでもない事を言い出す!

『もし交渉が完全に決裂したときは、江戸の民衆を下総(千葉)に避難させ、新政府軍を誘い込んで江戸の町に火を放つ!
江戸っ子全員でゲリラ戦を仕掛け、江戸の町もろとも敵軍を殲滅させる焦土作戦の準備をしてる!』

この恐喝まがいの言動に、さすがの薩摩隼人もびっくり!

西郷のバックには新式装備で武装した薩摩隼人の軍団がいる

その向こうを張る勝のバックにいたのは、江戸火消し衆『を組』の頭『新門辰五郎』!
勝の『オジキ』の様な人(この人もすごいエピソードがあります♪)で、勝は辰五郎に大量の火薬の輸送と市街地の計画放火、江戸市民の避難の為の周辺地域の船をと食料を確保を依頼していた。

帰る田舎を持たない多くの江戸っ子は『官軍に渡すくらいなら!』と勝や辰五郎に賛同したそうです。

勝は『お前らがまず江戸で戦うのは幕府じゃねぇ!老人やガキに至るまで、江戸っ子全員だ!そいつらをブッ殺して『新しい時代』とやらを口にするかい?』

はっきり言って脅迫である…

しかしこの作戦は、この後会津で実行される…

これにはさすがに薩摩隼人も折れて、やり方や内容はどうあれ、交渉は成立。

150万人の江戸っ子達の生命と江戸の町が救われました。

勝海舟を、非難する人は多い。

勝海舟は言う

『自分の価値は自分で決めることさ。つらくて貧乏でも自分で自分を殺すことだけはしちゃいけねぇよ。やるだけやって、評価は後のヤツらが決めてくれらぁ♪』

なんとも江戸っ子な考え方ですね~

批判される事が多い海舟ですが、我々は『批判者』や『言うだけの人』より『行動者』の方が好かれる事を知ってます!

…あ、ホワイトデー忘れてた…