今日の打ち合わせ

小松雅樹の武器と歴史の工房

えらい乙女チック…な店に…

さて戦国と幕末の『食』繋がりのエピソードを1つ

萩という所がある。

萩は地形的には巨大な『三角州』で、この萩に住め!ってのは『島流し』って意味が込められてました。

その萩に移り住んだのは、関ヶ原で西軍、つまり家康の『敵の大将』になってしまった為、広大な中国の領地は没収、石高もかなり削られ、しかも養う社員(家臣)はいっぱい(それでもかなりリストラした)で、一転かなりの貧乏藩になってしまった毛利家!

この毛利家には、以降、正月にやる奇妙な儀式がある。

時の殿様に筆頭家臣が新年の挨拶をする

一通り挨拶すると家臣、居住まいを正し
『いざ徳川を討つ準備が整いました。後は殿のお言葉を待つばかり』
と物騒な事を言います

すると殿様、もったいぶって
『皆の気持ち、相わかった。しかしまだその時期にあらず。文武に励み、時を待つ様に』

家臣平伏し、さる

これを萩に来てから倒幕なるまでず~っと250年以上続けてたんです。

いやはや正月から…
その原因の一端を担ってしまい、また、同時に家を救った男がいる!

岩国城の吉川広家

彼が考案したとされてるのが『岩国寿司』!

最初は戦の為の『保存食』として作ったとか。

まだやる気だったのか…

岩国市は藩政時代(貧乏になっちゃったので)の干拓事業で、沿岸部に蓮根畑を作る事に成功!
以来岩国の郷土料理には、このレンコンが欠かせない食材となったそうです。

『岩国寿司』もその一つ。
海山の幸を盛りつけた角形の押し寿司で、岩国寿司は一度に5、6升を漬け込むそうです。

作り方
大きな木枠の中に、酢飯を広げ、サワラやアジなどの生魚の身をほぐして混ぜ込みます。
その上に春菊などの青菜、椎茸、錦糸卵そして蓮根などをのせます。
そして上から蓋でしっかり押す!
芭蕉や蓮の葉を敷き、また押す!
これを何回もやって何層にも重ねます。
できあがったら1人前ずつケーキみたいに切り分けて出します。
エビなどは潰れちゃうので後乗せします。
岩国寿司は戦の保存食から、殿様への献上品になり、いつしかハレの日の料理となり、幕末の若者達も食べたようです

しかし、まさか吉川広家も、代々の毛利公も、自分達ではなく、萩の村外れから徳川を倒す者が出てくるとは夢にも思わなかったでしょうね~♪