香川照之さんが『市川中車』を襲名しましたね!

俳優としてもすごい方でしたが、それでいて『新たな世界』に飛び込むってのはまたすごいですね。

口さがない方には色々あるかも知れませんが、頑張ってほしいです!

そして、頑張れ團子くん!

襲名披露の折、紋付を着てましたが、おそらく屋号の澤瀉屋一門の『市川段四郎』さんの紋『三升に段の字』の『三升』を頂いたのかな?

三つの四角を段々にした紋でした。

歌舞伎で『見栄』をきった時に『○○屋!』って屋号を呼ばれますよね。

市川猿之助一門は初代の生家が副業として薬草の『澤瀉』を扱う薬屋を商い、それから茶屋を興した時に『澤瀉』を屋号と紋にしたといわれています。

今でもウチの田舎の方に行くと『○○のおじちゃん』なんて『屋号』で呼んだりするの、残ってます♪

歌舞伎役者や伝統芸能、古流の人などは、一門の考え方を『屋号』で捉えたり、それに因んだ紋を持っていたりします。

これらは今日『役者紋』と呼ばれる紋で、一門の紋に準ずる『個人』の紋となって梨園の世界に根付いてますね♪

そう『家紋』は武家だけのものじゃないんです!

当初役者は『河原者』と呼ばれ、漂泊の芸人達と変わらず、権力に従わない代わりに庇護も受けられない『非人扱い』でした。

しかし宝永5年(1708)に、町奉行所における裁きで『良民(意味は帝政ローマの『ローマ市民』と同じ)』と認められ、役者達は『平民』『町民』となり、後に芸能の人としてその地位を得ました。

市川宗家の『成田屋』がはじめと言われ『澤瀉屋』さんはまだ若い方ですが、140年は続いてます!

元々河原者だった役者さん達ほど、江戸の伝統みたいなものを残してまして、中車さんの息子さん『團子』くんはまだ『幼名』で、紋もお父さんのを付けてます。

歌舞伎役者さんはその後の業績により、名を改名していくのは武家が手柄を立てて、名を改めるのとよく似てますね♪

まあ、我々武林の人間は試合したりしますが…

なんにせよ、家紋のシステムを現在、最も『実用』また『活用』しているのは歌舞伎界かもしれません。

女紋や替え紋どころか、自分の家の家紋さえ知らない方も多い昨今、家紋を調べにいくのもいいのでは?

本家のお墓や紋付についてますし、自らのルーツを探るのも一興かも♪

因みに私のウチは家紋は『橘』
替え紋は『稲妻』
女紋は『木瓜』です!

貴方の家の家紋、替え紋、女紋は?