少年達が『英雄』を見る時、その心は黄金の心となる。

昭和のはじめ、日本を熱狂させた『英雄』がいた。

片目が見えない体で連勝記録を立ち上げた関取『双葉山』。

先日NHKで放送した時には、その双葉山を勧誘した人が1人だったが、本当は3人だった。

双葉山を勧誘した人物の息子は相撲を志した。

当時、子供達のヒーローの一番人気はガチンコで戦う相撲取りだった。

仙台の英雄『谷風』
そのライバル『小野川』大大関『雷電』

そんな江戸の伝説中の力士を向こうに張って、頑張った双葉山。

かの関取と同じく双葉山の名前も『止め名』となっている。

双葉山のすごい所の一つは、江戸時代からの記録。
つまり、歴史上の人物達と『相撲』という同じ競技の中で、記録として勝った事。

それはつまり、皆さんは伊達政宗や、真田幸村の戦いの記録を破った事がありますか?
って事。

双葉山を中継ぎした男の息子は大正生まれ。

相撲と家伝の武術に磨きをかけ、双葉山目指して頑張って、国体にも出場。

だが、時代は戦争の波に飲まれていく…

しかし国技館が焼け、青天井でやろうが、さらに焼けた国技館で、やろうが双葉山は双葉山であり続けた。

しかし片目の双葉山は何度も引退を考えた。

そこを救ったのは子供達でした。

ある作家さんが、戦争の頃の事を、こう書いた事がある。

『あの頃の僕らには何もなくて…
夢も希望もなくて…
でも、嵐の様にあらわれて、僕らに希望をもたらしてくれる…そんな人がいたら

そんな時代。

それでも双葉山は踏ん張った。

後に、何も娯楽がなく、日々の芋をかじりついていた頃。

双葉山の引退試合はラジオのみで放送された。

双葉山は勝ちました。

それがどんなに当時の日本人を勇気つけたか!?

それを、後に満洲で聞いた男も、したり!と、満洲の土地で稽古に励んだそうな。

その男は孫に『双葉山っていうすごい人がいたんだ』

と言ったそうな。

私は忘れない。

ある英雄の話を!