今日、電車に乗っていたら、お母さんにダッコされてた赤ちゃんに
『わんわん!』
と言われ、髪をわしゃわしゃされました…
お母さんが『すいません!』と引き離すと泣いてしまったので、いいですよ♪と、触られるに任せてたら、その赤ちゃんにエライ喜ばれました…

なぜだ…
さて、今日は用事で市ヶ谷に行ったついでに、ちょっと靖国神社へ。
靖国神社そのものに用事ではなく、お参りしたのはこちら

以前紹介しました『江戸の三大道場』の一つ、斎藤弥九郎が開いた、神道無念流の道場『練兵館』跡地
実は靖国神社の境内にあります!
幕末期『技は千葉』(北辰一刀流・玄武館)
『位は桃井』(鏡新明智流・士学館)
『力は斎藤』と言われ、塾頭を勤める桂小五郎、以下、高杉晋作、井上聞多、伊藤博文、品川弥二郎などの長州勢が多かった様です。
千葉道場には坂本龍馬
桃井道場には岡田以蔵などがいましたね。
新撰組の永倉新八も同流派!
ですが、永倉は練兵館ではなく、斎藤弥九郎の師匠に当たる岡田十松の『撃剣館』にいました。
現在、練兵館は斎藤弥九郎の孫にあたる斎藤新太郎によって、1975年(昭和50年)に栃木県小山市に剣道場として再興されてて、まだ御子孫の方々は御壮健です!
私は歴史上の人物を演じる際に、墓参りもさる事ながら、御子孫の方々に御挨拶に伺う事もあり、時に道場に上げて頂く事もあります。
こういうキチンと御挨拶に伺う事で、身を引き締めるんです。
さて、この開祖『斎藤弥九郎』さん
以前載せさせて頂いた名代官『江川太郎左衛門英龍』の大親友!
若い頃は、身を隠して領内を回る江川太郎左衛門に協力して、世直し行(甲州微行)を地で行く水戸黄門野郎でした!
天保8年の大塩平八郎の乱の時も、江川の頼みを受け、大塩の行方を調べに大坂へ赴き、江戸へ戻るや、状況をいち早く水戸藩の藤田東湖に伝えたり!
また江川英龍が御用測量を仰せつかった時、測量の専門家として渡辺崋山を仲介したのも斉藤弥九郎でした!
アグレッシブな水戸黄門野郎ですな~
ちなみに斉藤さんも、犬っぽい人だったらしいです。
いい人だったに違いない!

『わんわん!』
と言われ、髪をわしゃわしゃされました…
お母さんが『すいません!』と引き離すと泣いてしまったので、いいですよ♪と、触られるに任せてたら、その赤ちゃんにエライ喜ばれました…

なぜだ…
さて、今日は用事で市ヶ谷に行ったついでに、ちょっと靖国神社へ。
靖国神社そのものに用事ではなく、お参りしたのはこちら

以前紹介しました『江戸の三大道場』の一つ、斎藤弥九郎が開いた、神道無念流の道場『練兵館』跡地
実は靖国神社の境内にあります!
幕末期『技は千葉』(北辰一刀流・玄武館)
『位は桃井』(鏡新明智流・士学館)
『力は斎藤』と言われ、塾頭を勤める桂小五郎、以下、高杉晋作、井上聞多、伊藤博文、品川弥二郎などの長州勢が多かった様です。
千葉道場には坂本龍馬
桃井道場には岡田以蔵などがいましたね。
新撰組の永倉新八も同流派!
ですが、永倉は練兵館ではなく、斎藤弥九郎の師匠に当たる岡田十松の『撃剣館』にいました。
現在、練兵館は斎藤弥九郎の孫にあたる斎藤新太郎によって、1975年(昭和50年)に栃木県小山市に剣道場として再興されてて、まだ御子孫の方々は御壮健です!
私は歴史上の人物を演じる際に、墓参りもさる事ながら、御子孫の方々に御挨拶に伺う事もあり、時に道場に上げて頂く事もあります。
こういうキチンと御挨拶に伺う事で、身を引き締めるんです。
さて、この開祖『斎藤弥九郎』さん
以前載せさせて頂いた名代官『江川太郎左衛門英龍』の大親友!
若い頃は、身を隠して領内を回る江川太郎左衛門に協力して、世直し行(甲州微行)を地で行く水戸黄門野郎でした!
天保8年の大塩平八郎の乱の時も、江川の頼みを受け、大塩の行方を調べに大坂へ赴き、江戸へ戻るや、状況をいち早く水戸藩の藤田東湖に伝えたり!
また江川英龍が御用測量を仰せつかった時、測量の専門家として渡辺崋山を仲介したのも斉藤弥九郎でした!
アグレッシブな水戸黄門野郎ですな~
ちなみに斉藤さんも、犬っぽい人だったらしいです。
いい人だったに違いない!
