昨日の質問
『正座』

江戸時代以前には『正座』という言葉はありませんでした。
『つくばる(はいつくばるの語源)』とか呼ばれてまして、当然戦国時代にもない。

平安、戦国の日常の座法は武士、女性、茶人などでも胡座、立膝で座る事が普通で、いわゆる正座をするのは坊さんくらい。

まあそれぞれの国で違い、統一された全国規則がなかったんですが、こういうバラバラな大名達の自分達ルールを茶道を基礎として『統一』しようとしたのが『織田信長』ですね。

そもそも平安時代の十二単や神主の袍を着た事のある方はわかると思うんですが、正座に『不向き』なんです。

要は『胡座前提』で作られているんですね。

坊さん以外に正座をする人がいます。

それは『罪人』!

敗戦の将なんかが『させられる』ものだったんですね。
この場合つま先も立てて、ちょっとお尻を浮かせる形で、後にこれは切腹の形になっていきます。

よく『膝を屈する』『膝を折る』ってのがこの形と言われます。
だから正座は一種の屈辱刑だったんですね。

正座が広まったのは、室町時代に茶道(狭い茶室での作法)かららしいです。
これが、後に江戸幕府が小笠原流礼法を『モデル』として江戸城の作法を『全国ルール』にし、それが参勤交代で来た大名達が、周囲に『偉い人に会う時はこうするものだ』と広がった様です。

それ以前は礼法としては仏教での最敬礼。
これを征夷大将軍に対して用いたのが始まりの様です。

じゃあそれ以前は?

それ以前は『椅子』でした。
中国式だったんです。
今でも平安以前の偉人の木像などは『椅子に座った形』のものもありますね。

武道的な話をすると、膝をピシッと付ける流派や居合いなどでは膝の間は拳2つ分と言われたりします。
一部の素手武術では膝をいっぱいに開く『開体』って座り方をする所もありますね。

刀を持って座る様になると、膝の着き方も作法がありますが、戦国と江戸では逆なのは、刀の様式からなんです♪

武道の作法を身につけると、戦国時代の作法には一番近いですかね。
素手武術の場合、試合場の周りに座る場合も胡座が作法ですね。

現在では膝を悪くするとか、足が短くなるとか言われちゃいますが、胡座で背筋を伸ばすには、結構『背筋』を使います。
戦国武将は背筋がスゴかったので、猫背がほとんどいないんです。

たまには胡座し背筋を伸ばし、静かに禅でも結ぶ…

そんな時間が欲しい~!