24時間テレビ、無事終了しました~
今日のある場面の話です。
各国の義援金のモニターに、カンボジアの足のない女性が出てました。
お世辞にも裕福ではない彼女らが、なぜこれほどまで日本に義援金を送ってくれたのでしょうか?
それは彼女らが『ある日本人』に助けて貰ったからだそうです。
兵器の中で『悪意の兵器』と言われる『対人地雷』というものがあります。
この武器の理念はこうです。
『殺してはいけない。死体になれば放っていけるから。だが重傷者は放って置けない。だから手足を吹き飛ばすくらいにしろ。そうすれば、その介護に1~2名の兵士をあてるから結果的に2~3名の敵兵力を削ることになる。』
というもの。
\3~400-の安価で製作できる事、設置が楽なことで地雷は多岐に使用されました。
今だに地雷を輸出している大国もあり、今、この瞬間も輸出され続けています。
地雷探知器の多くは金属探知器です。
それを逆手に取った竹製や木製の地雷もあり、しかも、それを設置させられたのは当時8~10才くらいの少年兵でした。
しかし、地雷除去の仕事をする人々の中にはその『元地雷少年兵士』も多くいます。
彼らの中には、手足や両親や心を失った子供達を引き取って一緒に暮らしている人も多くいます。
今、カンボジアなどには未処理の地雷がまだまだ多く眠っています。
そんな『地雷のある国』の人達にとって『救世主』だった日本人がいます。
雨宮さんという方です。
自費で地雷を取り除く、工業機械を作り、その会社を設立し、カンボジアに行きました。
最初は『兵器』と見なされ出入国許可がおりなかった。
国が壁だった。
それでも現地の政府に掛け合い、現地に行き、最近やっとODNという形で認められました。
それまでの地雷除去は草を刈り、ほうきで土をどけて1つ1つ地雷を取り除く。
神経の擦り減る作業を1日1つづつ…
ここからは現地の子の話
『あの辺りは地雷があるから入れなかった。
遊びにもいけない。
私達はいつもお腹が減ってたから、畑が欲しかったけど、地雷があったから…政府の偉い人も、外国の人もやってくれなかった。
でも、雨宮さんが白い龍みたいな機械に乗って、地雷をみーんな取ってくれた!
今、そこは畑とひまわり畑になってる。』
そうです!
義援金を送って下さったカンボジアの方々の多くは、雨宮さんに助けられた子達でした。
涙がでました!
ありがとうね!
今日のある場面の話です。
各国の義援金のモニターに、カンボジアの足のない女性が出てました。
お世辞にも裕福ではない彼女らが、なぜこれほどまで日本に義援金を送ってくれたのでしょうか?
それは彼女らが『ある日本人』に助けて貰ったからだそうです。
兵器の中で『悪意の兵器』と言われる『対人地雷』というものがあります。
この武器の理念はこうです。
『殺してはいけない。死体になれば放っていけるから。だが重傷者は放って置けない。だから手足を吹き飛ばすくらいにしろ。そうすれば、その介護に1~2名の兵士をあてるから結果的に2~3名の敵兵力を削ることになる。』
というもの。
\3~400-の安価で製作できる事、設置が楽なことで地雷は多岐に使用されました。
今だに地雷を輸出している大国もあり、今、この瞬間も輸出され続けています。
地雷探知器の多くは金属探知器です。
それを逆手に取った竹製や木製の地雷もあり、しかも、それを設置させられたのは当時8~10才くらいの少年兵でした。
しかし、地雷除去の仕事をする人々の中にはその『元地雷少年兵士』も多くいます。
彼らの中には、手足や両親や心を失った子供達を引き取って一緒に暮らしている人も多くいます。
今、カンボジアなどには未処理の地雷がまだまだ多く眠っています。
そんな『地雷のある国』の人達にとって『救世主』だった日本人がいます。
雨宮さんという方です。
自費で地雷を取り除く、工業機械を作り、その会社を設立し、カンボジアに行きました。
最初は『兵器』と見なされ出入国許可がおりなかった。
国が壁だった。
それでも現地の政府に掛け合い、現地に行き、最近やっとODNという形で認められました。
それまでの地雷除去は草を刈り、ほうきで土をどけて1つ1つ地雷を取り除く。
神経の擦り減る作業を1日1つづつ…
ここからは現地の子の話
『あの辺りは地雷があるから入れなかった。
遊びにもいけない。
私達はいつもお腹が減ってたから、畑が欲しかったけど、地雷があったから…政府の偉い人も、外国の人もやってくれなかった。
でも、雨宮さんが白い龍みたいな機械に乗って、地雷をみーんな取ってくれた!
今、そこは畑とひまわり畑になってる。』
そうです!
義援金を送って下さったカンボジアの方々の多くは、雨宮さんに助けられた子達でした。
涙がでました!
ありがとうね!