衣装合わせ終了~♪
やはり結構かかりました~
大体この時代は『こう』この役は『こう』
みたいなのはあるんですが、丈や行き、色目や、役者と演出の意図もあり…
ちょんまげ軍団は、きちんと衣装さんや鬘屋さんにお願いしますので、その辺はしっかり『時代劇』やれますが、ちょっと『暴れた』演出が欲しくなるのも事実。
ウチから出す衣装もあるため、その辺りの事も考え、演出のシゲ達の相談に乗り、役者を着せ替え人形にしたりしつつ…
やっと終わってヤツらと別れ、ちょっと休憩♪
今日合わせた衣装にも衣装さんが何人かの衣装に『家紋』を入れてくれるとの申し出を頂き、嬉しさ倍増!
家紋話で盛り上がっていると、若い衆からいくつか質問がありましたので、ちょっとコラム
武将の中には、若い頃と円熟期で家紋が違う方がいます。
いい例が秀吉ですね。
秀吉は元々武家ではなかった為、家紋を持っていませんでした。
代わりに『瓢箪』を馬印(自分のパーソナルマーク)にしていたので、浅井朝倉攻めあたりのお話の頃は『桐紋』を持ってなかったんですね。
松平家の中にも『信長から送られた陣羽織りに『桐』がついていた為、それを自家の家紋とした』って家もあります。
家紋には織豊時代は『~氏』の血筋、及び家系の証明書の性格もあった為、手柄を立てて出世した鍛冶屋の息子が『清和源氏の流れ』とか『ブランドを名乗る時』に必要だったんですね。
だから、のし上がった平民出身の武将は、家紋を持ってなくて、拝領(頂いたり)したり奪い取ったり、勝手に作ったりした人もいました。
光秀の様に『自分の主義』を家紋にした方もいましたね♪
江戸時代の武家は、大抵『裏紋』と言って、忌中の時などに使う本家の紋とは別の家紋を持つ者も少なくなく、また近年までは嫁ぎ先から娘に伝える『女紋』ってのもありました。
『覗き』と言われる技法で描かれてるのが特徴ですね♪
江戸時代になると豪商、役者、寺社も家紋を持つ様になり、役者では尾上菊五郎や市川團十郎など個人紋が多いです。
今は『紋付き』を着る機会も少なくなってますので自分ちの家紋を知らない方も多い様ですが、お祖父さんお祖母さんの紋付きや、お墓には刻まれてると思いますので、お盆の時期に見せて貰うのも『御先祖様を知る』と言う意味でいいかもしれませんね♪
ちなみに私の家は『橘』です!
皆さんの家の家紋はなんですか?
やはり結構かかりました~
大体この時代は『こう』この役は『こう』
みたいなのはあるんですが、丈や行き、色目や、役者と演出の意図もあり…
ちょんまげ軍団は、きちんと衣装さんや鬘屋さんにお願いしますので、その辺はしっかり『時代劇』やれますが、ちょっと『暴れた』演出が欲しくなるのも事実。
ウチから出す衣装もあるため、その辺りの事も考え、演出のシゲ達の相談に乗り、役者を着せ替え人形にしたりしつつ…
やっと終わってヤツらと別れ、ちょっと休憩♪
今日合わせた衣装にも衣装さんが何人かの衣装に『家紋』を入れてくれるとの申し出を頂き、嬉しさ倍増!
家紋話で盛り上がっていると、若い衆からいくつか質問がありましたので、ちょっとコラム
武将の中には、若い頃と円熟期で家紋が違う方がいます。
いい例が秀吉ですね。
秀吉は元々武家ではなかった為、家紋を持っていませんでした。
代わりに『瓢箪』を馬印(自分のパーソナルマーク)にしていたので、浅井朝倉攻めあたりのお話の頃は『桐紋』を持ってなかったんですね。
松平家の中にも『信長から送られた陣羽織りに『桐』がついていた為、それを自家の家紋とした』って家もあります。
家紋には織豊時代は『~氏』の血筋、及び家系の証明書の性格もあった為、手柄を立てて出世した鍛冶屋の息子が『清和源氏の流れ』とか『ブランドを名乗る時』に必要だったんですね。
だから、のし上がった平民出身の武将は、家紋を持ってなくて、拝領(頂いたり)したり奪い取ったり、勝手に作ったりした人もいました。
光秀の様に『自分の主義』を家紋にした方もいましたね♪
江戸時代の武家は、大抵『裏紋』と言って、忌中の時などに使う本家の紋とは別の家紋を持つ者も少なくなく、また近年までは嫁ぎ先から娘に伝える『女紋』ってのもありました。
『覗き』と言われる技法で描かれてるのが特徴ですね♪
江戸時代になると豪商、役者、寺社も家紋を持つ様になり、役者では尾上菊五郎や市川團十郎など個人紋が多いです。
今は『紋付き』を着る機会も少なくなってますので自分ちの家紋を知らない方も多い様ですが、お祖父さんお祖母さんの紋付きや、お墓には刻まれてると思いますので、お盆の時期に見せて貰うのも『御先祖様を知る』と言う意味でいいかもしれませんね♪
ちなみに私の家は『橘』です!
皆さんの家の家紋はなんですか?