昨日、山中の芝居観て来ました♪
久しぶりに『現代人』の山中を見た♪
前回『長曽我部』やった時よりのびのびしやがって…
さて、次の大河は『平清盛』だそうな。
その辺りでちょっと質問が来たので
俗に武士をあらわす武器として『刀』という事がある。
侍を『二本差し』(リャンコ差し)
などと言ったり…
実はコレ、江戸時代中期からの表現。
世が太平になってからの話ですね。
ではそれ以前は?
戦国末期(江戸初期)までは、武士を現すのは『槍』でした。
戦の活躍を『槍ばたらき』
武辺者を『槍一筋』または『槍一本の者』など、これは槍が合戦のメイン武器だった為ですかね♪
しかし槍は合戦がなくなるにつれ、刀にその象徴としての地位を追われます。
では戦国よりも前はどうだったか?
実は源平の頃は『弓矢』でした。
所謂『平家随一の強弓の~』
とか
実際馬と弓矢から発展した言葉も多く
右手を馬を操る為『馬手(めて)』、左手を弓を持つ為『弓手(ゆんで)』と言ったりします。
『手薬煉(てぐすね)を引く』ってのも、弓の弦などを強くするために塗られる粘着剤、薬煉(くすね)を弦に塗る事から
『十分な態勢で待ち構える』
という意味をなすようになりました。
源平時代の合戦は基本的に名乗り口上
『やあやあ我こそは~』ってのがあって、一騎打ちってのが多く、戦も『矢合わせ』からの弓矢戦が主力。
戦国時代の『首取り』と違い、まだ儀式っぽさが残ってます!
ちなみに戦国時代、鎧を着てる時に差す小刀も『馬手』または『馬手差し』と呼ばれ、介者剣法よろしく、相手を抑え込み、鎧の隙間に捩込む際に『右手だけで抜ける』からと教えて頂いた事があります。
古い柔術にはよくある理念です。
現在の柔道の『押さえ込み』はここから来てます。
『合戦の際、30秒押さえ込めば、馬手でトドメを差すのに十分である』
って考え方ですね。
介者剣法とは『鎧を着てる相手』に対し、手首や首、脇の下や内股など鎧の隙間を狙う剣法で、戦国時代はこの剣法でした。
なので、上段が少なく、念流などは低い体勢が多いんですね。
上段やるときは『ブッ叩く』時!
先日、ある撮影で2間(約3m60Cm)の槍を持ちましたが、正にブッ叩く以外には…
まあ舞台ではあえて『派手に』斬ってますがね♪
次回の『戦国ゼミナール』は『合戦の着替え』もいいけど、戦いのウソホントもいいかな♪
久しぶりに『現代人』の山中を見た♪
前回『長曽我部』やった時よりのびのびしやがって…
さて、次の大河は『平清盛』だそうな。
その辺りでちょっと質問が来たので
俗に武士をあらわす武器として『刀』という事がある。
侍を『二本差し』(リャンコ差し)
などと言ったり…
実はコレ、江戸時代中期からの表現。
世が太平になってからの話ですね。
ではそれ以前は?
戦国末期(江戸初期)までは、武士を現すのは『槍』でした。
戦の活躍を『槍ばたらき』
武辺者を『槍一筋』または『槍一本の者』など、これは槍が合戦のメイン武器だった為ですかね♪
しかし槍は合戦がなくなるにつれ、刀にその象徴としての地位を追われます。
では戦国よりも前はどうだったか?
実は源平の頃は『弓矢』でした。
所謂『平家随一の強弓の~』
とか
実際馬と弓矢から発展した言葉も多く
右手を馬を操る為『馬手(めて)』、左手を弓を持つ為『弓手(ゆんで)』と言ったりします。
『手薬煉(てぐすね)を引く』ってのも、弓の弦などを強くするために塗られる粘着剤、薬煉(くすね)を弦に塗る事から
『十分な態勢で待ち構える』
という意味をなすようになりました。
源平時代の合戦は基本的に名乗り口上
『やあやあ我こそは~』ってのがあって、一騎打ちってのが多く、戦も『矢合わせ』からの弓矢戦が主力。
戦国時代の『首取り』と違い、まだ儀式っぽさが残ってます!
ちなみに戦国時代、鎧を着てる時に差す小刀も『馬手』または『馬手差し』と呼ばれ、介者剣法よろしく、相手を抑え込み、鎧の隙間に捩込む際に『右手だけで抜ける』からと教えて頂いた事があります。
古い柔術にはよくある理念です。
現在の柔道の『押さえ込み』はここから来てます。
『合戦の際、30秒押さえ込めば、馬手でトドメを差すのに十分である』
って考え方ですね。
介者剣法とは『鎧を着てる相手』に対し、手首や首、脇の下や内股など鎧の隙間を狙う剣法で、戦国時代はこの剣法でした。
なので、上段が少なく、念流などは低い体勢が多いんですね。
上段やるときは『ブッ叩く』時!
先日、ある撮影で2間(約3m60Cm)の槍を持ちましたが、正にブッ叩く以外には…
まあ舞台ではあえて『派手に』斬ってますがね♪
次回の『戦国ゼミナール』は『合戦の着替え』もいいけど、戦いのウソホントもいいかな♪