近年 世界的に差別と言えば何でも許される

という状況になりつつあり

これはとても異常な状況だと思います

差別をしてはいけないが

差別を利用してもいけない

差別を利用する人が増えると

実被害を受けている人々の立場が

ますます悪くなります

差別を無くす為にも

差別を利用する人達は厳しく罰せなければなりません

 

# 言葉の盾

## 第一章 告発

雨の夜だった。

鷹野刑事は薄暗い取調室で、
目の前の男をじっと見つめていた。

容疑者の名前は三浦洋輔。四十二歳。無職。
三日前、コンビニエンスストアの店員を殴り、
レジから現金を奪って逃走した。
防犯カメラの映像は鮮明だった。
目撃者も三人いた。
証拠は盤石だと、誰もが思っていた。

「認めますか」

鷹野の問いに、三浦はゆっくりと顔を上げた。
唇の端に、かすかな笑みが浮かんでいた。

「これは差別だ」

その一言が、取調室の空気を変えた。

「私がこうして連行されたのは、私が在日だからだ。
日本社会による組織的な差別の被害者だ。
私は何もしていない。あの映像は捏造だ。
証人たちも警察に脅されている。
私は訴える。国連の人権委員会にも訴える。
マスコミにも全部話す」

鷹野は黙って聞いていた。

彼は三十一年のキャリアを持つベテラン刑事だった。
その間、本物の差別と戦ってきたことも
一度や二度ではない。
かつて、無実の在日朝鮮人の男性が
「外国人だから怪しい」という根拠だけで
逮捕されそうになったとき、
鷹野は上司に真っ向から反論し、冤罪を防いだ。
差別の恐ろしさを、彼は骨身に染みて知っていた。

だからこそ、今の三浦の言葉が、
彼の胸の中で別の感情を呼び起こした。

怒りではなかった。

悲しみだった。

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## 第二章 圧力

翌朝、事態は動いた。

三浦の発言がSNSに拡散していた。
弁護士が声明を出した。
「在日コリアン男性が、証拠もなく逮捕された。
これは日本における民族差別の典型例だ」。
数時間でそのツイートは数万件リポストされた。

署には抗議の電話が殺到した。

鷹野の上司、管理官の桑田は、
苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「鷹野、少し…慎重に動いてくれ」

「慎重に?」

「世間が注目している。
もし本当に差別的な捜査だったとなれば、
署全体の問題になる」

鷹野は手の中の捜査資料を見た。
被害者である店員、坂本誠二。二十三歳。
顔の左側に全治三週間の打撲。折れた奥歯が二本。
彼はまだ病院にいた。

「坂本君は今も痛み止めを飲んでいます」
と、鷹野は静かに言った。

「彼の歯は、差別が折ったんじゃない。
三浦が折ったんです」

桑田は視線を逸らした。

その日の夕方、
別の弁護士団体が署の前でデモを行った。
「差別捜査を許すな」というプラカードが並んだ。
テレビカメラが来た。

鷹野はその映像を
ロビーのモニターで見ながら、思った。

坂本君のことを、
誰かがプラカードに書いてくれているだろうか。

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## 第三章 事実という地盤

鷹野は改めて、証拠を一つひとつ机に並べた。

防犯カメラの映像。
三浦の顔が正面から映っている。
時刻は二十二時十四分。
店内に入り、坂本に話しかけ、
レジに手を伸ばした瞬間、坂本が止めようとした。
三浦は拳を振るった。
映像は十一秒間、すべてを記録していた。

目撃者の証言。
三人とも接点がない。
バイトの女子大生、通りがかりの会社員、
近くのラーメン店の店主。
証言の細部が一致していた。

三浦の靴底に付着した泥。
逃走経路の路地の土壌成分と一致。

DNA。
坂本の血液が三浦のジャケットの袖口から検出された。

鷹野はすべてを書き出し、壁に貼った。

差別という言葉は、そのどこにも書いていなかった。

事実とは、そういうものだ、と彼は思った。

感情ではない。
声の大きさでもない。
プラカードの枚数でもない。
事実とは、そこに起きたことの痕跡だ。
泥であり、血液であり、映像であり、
骨の折れた音を聞いた三人の証人だ。

彼は決して、差別を軽く見ているわけではなかった。

むしろ逆だ。

差別とは、それほどまでに重い言葉だ。
歴史の中で人が傷つき、殺され、
踏みにじられてきた痛みが積み重なった言葉だ。
だからこそ、その言葉は正確に使われなければならない。

事実の裏付けのないところに、
その言葉を持ち込んではいけない。

差別という言葉が武器になるとき、
その刃は二つの方向に向く。

一つは、真の加害者を守る方向へ。

もう一つは、真の被害者を黙らせる方向へ。

三浦が「差別だ」と叫ぶたびに、
坂本誠二が受けた暴力は霞んでいく。
坂本もまた一人の人間だ。
守られるべき体と尊厳を持った人間だ。
なぜ彼の痛みは、
三浦の一言で霞まなければならないのか。

鷹野の指が、坂本の診断書の上で止まった。

これが現実だ。

言葉ではなく、ここにある。

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## 第四章 崩れゆく現場

その週、鷹野は別の事件の話を耳にした。

隣の管轄で起きた傷害事件。
被害者の女性が、見知らぬ男に路上で突き飛ばされた。
骨折した。
通報して、男は一度連行されたが、
男が「自分は外国人だ、これは差別的な逮捕だ」
と主張したことで、釈放された。
証拠が「不十分」とされた。

被害者の女性は今も歩くとき痛みがあるという。

その翌週、
スーパーマーケットで万引きをした男が
「自分はマイノリティだ、
こんなふうに疑われるのは差別だ」と言い張り、
店側が謝罪に追い込まれたという話を聞いた。
防犯カメラには商品をポケットに入れる様子が
はっきり映っていた。

鷹野は目を閉じた。

社会が少しずつ、
おかしな形に変わっていく感覚があった。

差別と言われれば、警察は手を止める。
差別と言われれば、被害者は疑われる。
差別と言われれば、証拠さえも
「偏見から生まれたもの」として否定される。

それは差別と戦っているのではない。

それは現実から逃げているのだ。

差別は許されない。
だが、差別という言葉は、許可証ではない。
その言葉を口にすれば、
他人を殴っていい理由にはならない。
その言葉を口にすれば、
他人のものを盗んでいい理由にはならない。
その言葉を口にすれば、
他人の体を傷つけていい理由にはならない。
その言葉を口にすれば、
他人の人生を壊していい理由にはならない。

差別を主張することは、
他の誰かの人権を消す権利を与えない。

坂本誠二にも、
路上で骨を折られた女性にも、
人権がある。

差別という言葉が大きく叫ばれるたびに、
その人たちの人権が静かに踏みにじられていく。
その逆説を、誰が正面から語るのか。

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## 第五章 証言台

公判が始まった。

法廷に三浦が現れたとき、その表情は穏やかだった。
弁護人席には三人の弁護士が並んでいた。
傍聴席には支援者と称する人々がいた。

検察は淡々と証拠を提示した。

映像。証言。DNA。靴底の泥。

弁護側は
「証拠はすべて差別的な捜査の産物だ」と主張した。

「在日というだけで疑われ、証拠を捏造された」
と言った。

鷹野は証人として証言台に立った。

「捜査において、
三浦被告の民族的背景を考慮したことはありますか」

「ありません」と彼は答えた。

「私が見たのは、防犯カメラの映像に映った人物と、
現場に残された証拠です」

「しかし、あなたは彼が在日だと知っていたのでは」

「捜査の中で、
その情報が捜査の方針を変えたことはありません。
もし三浦被告が日本人であったとしても、
同じ証拠があれば同じ捜査をしていた」

「なぜそう言い切れるのですか」

鷹野は少し間を置いた。

「なぜなら、私はこれまでの三十一年間、
それを自分への問いとして持ち続けてきたからです。
目の前の人間の属性で判断してはいけない。
だからこそ、証拠だけを見てきた。
今回も同じです」

法廷が静まった。

「差別は罰せられなければならない。
それは本当のことです。
ですが、差別という言葉もまた、
事実によって裏付けられなければならない。
言葉は事実の代わりにはなれない。
事実を消すことも、事実を作ることも、
言葉にはできません」

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## 第六章 判決

有罪。

懲役三年。

判決が読み上げられたとき、傍聴席がざわめいた。

三浦は無表情だった。

鷹野は法廷の外に出て、秋の空を見上げた。

坂本誠二から、先日メッセージが届いていた。
「折れた歯の治療が終わりました。
食事ができるようになりました。
ありがとうございました」という短い文だった。

鷹野はそのメッセージを何度か読み返した。

本物の被害者は、声が小さい。

傷ついた体は、プラカードを持たない。

だから、声の大きさで正義を測ってはいけない。
事実から目を離してはいけない。
言葉に流されてはいけない。

差別は、現実に存在する。
歴史の中にも、今この社会の中にも。
それと戦うことをやめてはいけない。

しかし同時に。

差別という言葉を、犯罪者の逃げ道にしてはいけない。

その言葉の重さを守るために、
その言葉が軽く使われるとき、
私たちは正面から「それは違う」
と言わなければならない。

沈黙は共犯だ。

鷹野は上着の襟を立て、駐車場へと歩き始めた。

まだ仕事は終わっていない。

明日も、事実だけを見る。

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*了*