これまで逃げ癖のある人を何十人も見てきました
話を聞くと大抵 大元の原因は親の教育でした
一度 逃げ癖が付くと改善するのは非常に困難です
人は歳を取れば取る程に経験則を重視するからで
この経験則の根幹に親の教育があるからです
子供は良くも悪くも
一生親の影響に縛られて生きていくしかなのでしょうね
# 遺伝子という言い訳
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## 一
「人の全ては遺伝子で決まるんだよ」
雨田 凌(あめた りょう)は、
缶コーヒーを口に運びながら、そう言い捨てた。
三十四歳。無職になって七ヶ月になる。
俺は返す言葉を一瞬探したが、あえて黙った。
凌とはもう十年来の付き合いだ。
彼がこの言葉を使うとき、それは諦めの宣言であり、
同時に自己弁護の幕開けでもあることを、
俺はよく知っている。
今回は転職活動の話だった。
履歴書を一社に送ったきり、面接の練習もせず、
「どうせ受からない」と先に決めてしまっていた。
「遺伝子でさ、能力って決まってるわけじゃん。
俺の親見ればわかるよ。
二人ともたいしたことないし、
俺もそういう家系なんだよ」
彼の声には、怒りでも悲しみでもなく、
妙な平静さがあった。
まるで天気の話をするように。
その平静さの方が、俺にはずっと痛かった。
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## 二
凌の生家を、俺は一度だけ訪れたことがある。
高校一年の秋のことだ。
家に入った瞬間、空気が違った。
リビングのテレビは常につけっぱなしで、
誰も見ていない。
テーブルの上には昨日のままらしい食器が重なっていた。
凌の父親は競馬新聞を広げたまま俺たちを一瞥し、
何も言わなかった。
母親はキッチンで何かを炒めていたが、
こちらを振り向きさえしなかった。
「上がっていいよ」と凌は慣れた様子で言い、
俺を自分の部屋へ連れて行った。
彼の部屋は、家の雰囲気とは別世界のように、
整然としていた。
本棚に文庫本が並んでいた。野球のトロフィーがあった。
壁には手書きの英単語リストが貼ってあった。
当時の凌には、
まだ何かを手繰り寄せようとする力があった。
しかし俺が最も覚えているのは、夕食時の光景だ。
四人でテーブルを囲んだが、会話はなかった。
父親はテレビを見ながら酒を飲み、
母親は自分の皿だけに目を落としていた。
凌が「今日、数学のテストで学年二位だった」
と言った。
父親はチャンネルを変えた。
母親は「へえ」と言って立ち上がり、
流しへ向かった。
凌は何事もなかったように箸を動かし続けた。
その横顔の、感情の抜け落ちた静けさを、
俺は今でも忘れられない。
称賛されなかった子供は、努力の意味を見失う。
正確に言えば、努力と結果のあいだにある
「喜び」という回路が、徐々に切断されていく。
脳は報酬のないことを
繰り返さないように設計されている。
親の無関心は、子供の挑戦心に対する、
もっとも静かな、もっとも深い毒だ。
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## 三
凌の父親は、
いわゆる「叱責型」の人間でもあった。
ただし、叱るときにも一貫性はなかった。
機嫌のいい日には何をしても怒らず、
機嫌の悪い日には些細なことで怒鳴った。
凌はやがて「結果を出すこと」ではなく
「父親の機嫌を読むこと」
にエネルギーを注ぐようになった。
これは動物行動学でいう「不規則強化」に近い。
予測不能な報酬と罰が与えられる環境では、
生き物は行動の基準を失い、
ただ環境の変化に怯えるだけになる。
カジノのスロットマシンが
人を依存させるのも同じ原理だ。
凌が身につけたのは、
挑戦して失敗するリスクを取るより、
最初から諦めて傷つかない方が安全だ、
という生存戦略だった。
それは確かに、
あの家では正しい戦略だったかもしれない。
問題は、彼がその戦略を
大人になっても更新しなかったことだ。
いや、正確には、更新する機会が与えられなかった、
と言うべきかもしれない。
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## 四
「逃げることが悪いとは思わないんだよね」
凌は三十歳のとき、
最初の会社を辞めた理由をそう語った。
「上司が合わなかった」
「会社の方針がおかしかった」
「あんな環境じゃ誰だってやれない」。
言葉はすらすらと出てきた。
不思議なのは、彼の言葉が間違っていないことだ。
上司は確かにパワハラ気質だったし、
会社の体制にも問題はあった。
しかし同じ環境で五年、十年と続けた同僚もいた。
凌と彼らの違いはなんだったのか。
逃げるという選択が、経験則として蓄積されると、
それは次の場面で最初に引き出されるカードになる。
一度目の逃走は「判断」だ。
二度目は「選択肢のひとつ」になる。
三度目以降は、もう「習慣」だ。
習慣は意識より先に動く。
困難を感じた瞬間、
脳は過去の成功体験を参照する。
そして「あのとき逃げてうまくいった」
という記憶が、自動的に出口を指し示す。
しかも、逃げた後には必ず「正当化」が伴う。
これが厄介だ。
人間は自分の行動を後から合理化する生き物だ。
「あの職場が悪かった」
「あの人が悪かった」
「あの状況が特殊だった」。
逃げるたびに、外部に原因を配置していく。
その作業を繰り返すうち、
彼の世界地図には「自分の内側に原因がある」
という領域が、どんどん縮小していった。
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## 五
人は歳を重ねるほど、
経験則という名の鎧を厚くしていく。
子供が自転車に乗れるのは、
失敗を恐れないからではない。
失敗の意味を、まだ充分に知らないからだ。
転んでも、それが「恥ずかしいこと」
だと刷り込まれる前に、もう一度ペダルを踏む。
五歳の子供は、初めて会った人に平気で話しかける。
三十歳の人間が同じことをするには、
相当な勇気が要る。
その差は能力の差ではなく、
「断られた経験」
「無視された経験」
「恥をかいた経験」の厚みの差だ。
経験則は本来、生きるための知恵だ。
熱いものに触れた経験があるから、次は手を引く。
それは合理的な学習だ。
しかし問題は、その経験則が
「一般化」されすぎるときに起きる。
一度プレゼンで失敗した人間が
「自分は人前で話すのが苦手だ」と結論づける。
一度起業に失敗した人間が
「ビジネスは才能のある人間にしかできない」と学ぶ。
その瞬間、経験は知恵を超えて、牢獄になる。
医学の世界でも同じことが起きた。
長らく「胃潰瘍はストレスが原因だ」
という経験則が支配していた。
それは何十年もの臨床経験に基づく、
正しそうな答えだった。
しかしバリー・マーシャルという若い医師は、
ピロリ菌という細菌の関与を疑い、
自分でそれを飲んで証明してみせた。
医学界の大多数の「経験則」は間違っていた。
経験の少ない者が新しい地図を描く。
経験の豊富な者は、古い地図を守ろうとする。
それが人間の、避けがたい傾向だ。
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## 六
凌と俺は、
ファミレスのテーブルを挟んで向かい合っていた。
俺は説明しようとした。
育ちの話を、経験則の話を、逃げ癖の話を。
丁寧に、感情的にならないよう、
言葉を選びながら。
凌は聞いていた。
うなずくこともあった。
「まあ、そういう考え方もあるよね」とも言った。
しかし俺には途中からわかっていた。
言葉は彼の表面を滑っていく。
届いていない、という意味ではない。
彼の頭には入っている。
ただ、それが彼の中心部に届く前に、
何かが受け取りを拒否している。
人の基幹にある経験則は、
議論で書き換えられるものではない。
それは論理の問題ではなく、身体の問題だからだ。
恐怖は理屈で消えない。
幼少期に形成された「世界への構え方」は、
神経回路として刻まれている。
言葉は神経を直接書き換えない。
「でもさ」と凌は言った。
「俺みたいな親から生まれたら、そりゃこうなるよ。
遺伝子もあるし、育ちもあるし。
俺のせいじゃないじゃん」
俺は「そうだな」と言おうとして、止まった。
彼は半分、正しかった。
彼のせいではない部分は確かにある。
親を選べない子供に育ちの責任を問うことはできない。
しかし彼は三十四歳だ。
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## 七
子供は親を選べない。
これほど残酷な真実を、俺は他に知らない。
生まれる家庭を、生まれる時代を、
生まれる国を、生まれる身体さえも、誰も選ばない。
にもかかわらず、その全てが、
その後の人生の土台になる。
「親も子どもと一緒に成長する」
という言葉がある。
育児書にも書いてあるし、
経験談として語られることも多い。
微笑ましい言葉として流通している。
しかし俺はずっと、
この言葉の裏側が気になっていた。
親が成長の途上にある間、子供はどうなるのか。
親が試行錯誤している間、
子供は何を受け取っているのか。
親の失敗は、子供の内側に刻まれ、
子供の神経回路になり、
子供の「世界への構え方」になる。
親が成長しきったとき、子供はもう大人だ。
間に合わない成長が、子供の一生を形作る。
それを「一緒に成長する美談」と呼ぶのは、
被害を受けた側からではなく、
与えた側からの言葉だ。
凌の父親も、
あるいは自分なりに葛藤していたかもしれない。
自分の育てられ方に縛られ、
どうすればいいかわからなかったかもしれない。
しかしその葛藤は、凌の傷を癒さない。
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## 八
「じゃあ俺はどうすればよかったんだよ」
凌は珍しく、少し声を荒げた。
俺は答えられなかった。
どうすればよかったか、ではなく、
どうすればよいか、という問いなら、
まだ答えがあるかもしれない。
しかしそれも、俺が外から差し出せるものではない。
変化は、内側から始まらなければ根付かない。
そして内側からの変化は、
基幹にある経験則が揺らがない限り、起きない。
基幹を揺らすのは、論理ではない。
圧倒的な体験か、あるいは長い時間をかけた、
信頼できる他者との関係性だ。
どちらも、ファミレスのテーブルで
俺が渡せるものではなかった。
「わかった」と俺は言った。
「今日はもういい」
凌は少しほっとしたように、
缶コーヒーの最後の一口を飲んだ。
「でもさ」と彼は言った。
「お前が説明してくれたこと、
なんとなくわかる気はするんだよ。
親の影響とか、逃げ癖とか。
ただ、わかっても変わらないんだよな。
不思議だろ」
不思議ではなかった。
それがまさに、経験則の力だと俺は思った。
「知っている」と「できる」は、
全く別の場所にある。
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## 九
帰り道、俺は一人で考えた。
もし子供の養育を、
訓練を受けた専門の養育者が担うようになったとしたら。感情的な未熟さや、連鎖する貧困や、
世代を超えて受け渡されるトラウマを、
プロの知識と技術で遮断できたとしたら。
子供は親の所有物ではない。
にもかかわらず、世界中のほぼ全ての社会が、
子供の精神形成を「たまたま生んだ大人」に委ねている。
免許もなく、試験もなく、ときに愛情さえもなく。
それは今もなお、最も無監督な人生の実験だ。
凌が遺伝子のせいにするとき、彼は間違っていない。
ただ、彼が言うべき言葉は「遺伝子」ではなく
「環境」であり、「環境」の正体は「人」であり、
その「人」は彼が選ばなかった「親」だ。
責任の所在は明確だが、責任を取れる人間はもういない。
父親は五年前に他界した。
母親は施設にいる。
凌は、自分を作った人間のいない世界で、
その人間たちが作った自分を生きている。
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## 十
「人の全ては遺伝子で決まるんだよ」
彼がこの言葉を使うとき、俺はもう反論しない。
なぜなら、この言葉こそが、彼の育ちの産物だからだ。
決定論を信じることで、彼は傷つかずに済む。
何かを始めなくていい理由が、
宇宙の法則として与えられる。
そしてその言葉を、
今日も誰かの子供が、どこかの家庭で学んでいる。
親から。
選べなかった、その親から。
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*了*
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> 子供は親を選べない。
> しかし社会は、子供に何を与えるかを、選ぶことができる。