おとぎ話に出てくる魔法
その発想元は完全に人の空想?
何かしらの元ネタがあったのでは?
という所から発想したお話です
# 無魔の覇者 ―― 魔法文明終焉の記録
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## 序章 忘れられた時代
人間はなぜ、魔法の物語を語るのだろう。
火を噴くドラゴン、空を飛ぶ魔女、
呪文を唱えれば水が炎に変わる
――そういった話は世界中のどの文化にも存在する。
東洋にも西洋にも、砂漠の民にも極北の民にも。
時代を超え、海を越え、
まるで打ち合わせたかのように同じ「夢」を見ている。
学者はそれを「人間の想像力の産物」と説明する。
しかし考えてみてほしい。
人間は空を飛んだことがないのに、
なぜ飛ぶことへの憧れをこれほど普遍的に持つのか。
人間は火を手のひらで生み出したことがないのに、
なぜその映像をこれほどリアルに「夢想」できるのか。
想像とは、何もないところから生まれるものではない。
記憶の、残滓だ。
文字に記されなかった記憶。
書物に残らなかった記憶。
しかし人間の細胞の、血の、
どこか深いところに刻まれた記憶が、
何万年という時間を経て、
おとぎ話というかたちで浮かび上がってくる。
子供が魔法の話を聞いて目を輝かせるのは、
それが「楽しそうだから」だけではない。
どこかで、知っているからだ。
これはその記憶の、本当の話である。
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## 第一章 穏やかな日々の終わり
ラン王国の片隅に、エリと呼ばれる十六歳の少年がいた。
正確にはエリ=ド=ヴァレンという名で、
それなりの家柄の次男坊だったが、
本人にそのような自覚はほとんどなかった。
彼が気にしていることといえば、
毎朝の食事がうまいかどうかと、
姉のリナが笑顔でいるかどうか、
ただそれだけだった。
エリは魔法使いとしては落第点の存在だった。
王国の魔法師団が定める魔力測定において、
彼の数値は「戦闘不適格」の烙印を押される
下限をさらに大きく下回っていた。
測定官は気の毒そうな顔をしながら
書類に何かを書き込み、エリの母親は深い息をついた。
エリ自身は少しだけほっとしていた。
「魔力が低くてよかった」と彼は思っていた。
「戦場に行かなくていいから」
引っ込み思案で、人混みが苦手で、
見知らぬ人と話すだけで頬が赤くなるような
少年だったが、姉のリナの後ろにいる時だけは、
エリは安心できた。
リナ=ド=ヴァレン。十九歳。
彼女は弟とは正反対に、生まれながらの魔法使いだった。
炎系魔法における才能は王国でも五指に入ると言われ、
師匠の老魔法師ガルムでさえ
「彼女が男であれば間違いなく
魔法師団の団長候補だった」と舌を巻いた。
明るく、快活で、少し口が悪くて、
でも本当に優しい姉だった。
ふたりの父親はすでに戦場で亡くなっていた。
魔族との戦いが始まって三年。
エリが十三歳の春のことだ。
その日以来、
エリにとって世界で最も大切なものはただひとつ、
姉のリナだけになった。
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## 第二章 来たるべき別れ
「魔族」という存在について、
エリはある程度の知識を持っていた。
彼らは人間とよく似た姿を持ちながら、
本質的に異なる生き物だった。
その体は並の刃を受け付けず、
矢を受けても大した傷を負わず、
鉄槌で打ち据えられても起き上がってくる。
人間の作り出したあらゆる物理的な武器は、
魔族の前では紙屑に等しかった。
唯一有効なのが魔法攻撃だった。
しかし魔法こそが魔族の得意とするものだった。
魔族は生まれながらに高い魔力を持ち、
人間の最高位の魔法使いさえ
手こずらせるほどの術を振るった。
人間が十年かけて習得する魔法を、
魔族は本能として使いこなした。
それは絶望的な非対称だった。
それでも人間は戦い続けた。
複数の大国が「人類連合軍」を組織し、
精鋭の魔法使いを集めて対抗した。
最初の二年は何とか均衡を保っていたが、
損耗率はすさまじく、
前線に送り出した魔法使いの半数近くが帰らなかった。
三年目の春、
ついに決定的な戦力不足が訪れた。
連合軍は苦渋の決断を下した。
――魔法才能を持つ女性も前線へ。
その通達がラン王国に届いたのは、葉桜の季節だった。
エリがその知らせを聞いたのは、
リナの口から直接だった。
姉は夕食の席で、何でもないことのように言った。
「来週、私、前線に行くことになったわ」
エリの箸が止まった。
「……え」
「魔法師団から令状が来たの。
まあ、そのうち来るとは思ってたけどね」
リナは軽い口調だったが、
その目の奥に何か別のものがあることに、
エリは気づいていた。
「心配しないで。
私の実力なら、すぐ戻ってこれるから」
エリは何も言えなかった。
食事の後、部屋に戻って、エリは布団をかぶって震えた。
泣いたわけではなかった。
泣く資格が自分にあるのかどうかも、わからなかった。
翌日、翌々日、
エリは何度かリナに「行かないでくれ」と言いかけた。
しかし言葉が出なかった。
言っても意味がないとわかっていたからではない。
言葉が、喉のところで凍りついてしまうのだった。
リナの出発は七日後に決まった。
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## 第三章 覚醒
出発前日の朝、エリは早くに目を覚ました。
窓の外は薄明かりで、鳥の声が遠くに聞こえた。
エリは着替えもせずに一階へ降りた。
台所にはすでにリナがいて、
ふたり分の朝食を用意していた。
「早いじゃない」
リナは振り向いて、少し驚いた顔をした。
エリは返事をしなかった。
リナの背中を見た。
その背中が、明日にはここにないと思った。
何かが、胸の奥で揺れた。
「……行かないでくれ」
リナの手が止まった。
「エリ」
「行かないでくれよ」エリの声は震えていた。
「お父さんも、もう帰ってこなかった。
リナまで……リナまで行ったら、俺……」
リナがゆっくりと振り向いた。
「エリ」
彼女はエリの前に膝をついた。
十六歳の弟よりも少しだけ小さな姉が、
真剣な目でエリを見上げた。
「大丈夫よ。私は帰ってくる。絶対に」
「そんなの、わからない」
「わかる。私が約束するから」
エリの目から涙がこぼれた。
「嫌だ。行かないでくれ。
リナが死んだら、俺、もう……」
そこで何かが起きた。
エリ自身には、最初それが何なのかわからなかった。
ただ、胸の中心から何かが溢れ出す感覚があった。
堰を切ったというより、
今まで自分でも知らなかった
深い井戸から水が湧き出てくるような感じだった。
その感覚は広がった。
部屋の中に充満した。
リナが突然「あ」と小さく声を上げた。
「どうした?」エリが涙を拭いながら聞いた。
「魔法が……」
リナは自分の手を見た。
掌に火の玉を作ろうとしていた。
魔法使いにとって、
それは息をするくらい自然な動作だったはずだった。
「おかしい。出ない」
「え?」
「魔法が、出ない」リナの顔が青ざめた。
「何で……練力もしっかりあるのに……」
エリは姉の顔と自分の手を交互に見た。
掌に、何も感じなかった。
ただ、さっき溢れ出したものが
ゆっくりと引いていくのを感じた。
リナはその日の夕方まで魔法師団の医官に
診てもらったが、原因はわからなかった。
翌朝になっても魔法は戻らなかった。
翌々日も。
リナの出発は延期された。
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## 第四章 実験台
一週間後、王国中の学者と魔法研究者が集められた。
リナのような実力者が突然魔法を失うなど、
前代未聞の事態だった。
最初は魔族による新型の呪いではないか
という説が有力だったが、
魔法師団の調べでは
そのような術の痕跡は見当たらなかった。
研究者たちは調査を進めるうちに、
ひとつの共通点に気づいた。
リナが魔法を失った時、その場にいた人間。
エリだった。
老研究者のベイラムが最初に疑いを口にした。
「この少年に何かある」
彼は魔力測定の道具を何種類も持ち込んで、
エリを調べた。
通常の魔力測定では依然として最低値を示したが、
ベイラムが持ち込んだ特殊な水晶は異常な反応を示した。
「これは……魔力の干渉ではない」
ベイラムは独り言のように呟いた。
「魔力の無効化だ。いや、消去か?」
さらに詳しく調べると、
エリの能力は大きくふたつに分類できることがわかった。
ひとつは「魔力無効化」。
一定範囲内の魔法を強制的に無力化する術だ。
使われている最中の魔法も、
発動しようとしている魔法も、
エリがその能力を使えばすべて霧散した。
もうひとつは「魔力消去」。
これはより深刻だった。
特定の相手に向けて発動すると、
その者の持つ魔力の根源そのものを焼き切る。
リナに起きたことがまさにこれだった。
一度この術を受けると、魔力は二度と戻らない。
研究者たちは興奮と困惑の入り混じった顔でエリを見た。
エリは自分がとんでもないことを
してしまったとようやく理解した。
「申し訳ありません。姉の魔力を……」
「謝ることはない」ベイラムは言った。
ただしその目は、研究対象を見る目だった。
「君は素晴らしいものを持っている。
だがこれは王国だけの問題ではない。
各国と共有しなければならない」
一ヶ月後、エリは各国共同の魔法研究機関
「真理の館」に連れて行かれた。
そこでエリを待っていたのは、
あらゆる種類の実験だった。
魔法で作られた炎の中でエリの能力がどこまで有効か。
射程距離はどのくらいか。
複数を同時に相手にした場合は。
連続使用した場合の限界は。
エリは毎日計測され、測定され、記録された。
研究者たちは丁寧ではあったが、
彼らにとってエリは
人間というよりも研究対象に近かった。
エリは黙って従った。
リナを守るためにやってしまったことが、
こんな結果を生むとは思っていなかった。
でも、リナは戦場に行かずに済んだ。
それだけが、エリの心の支えだった。
三ヶ月後、
真理の館から連合軍への報告書が提出された。
エリの能力は魔族に対しても
有効である可能性が極めて高い。
その結論が出た日の夜、
エリは部屋の窓から星を見た。
呼ばれると思っていた。
翌朝、連合軍の将校がやってきて、
エリに戦場行きを告げた。
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## 第五章 戦場へ
エリが前線基地に到着したのは、初夏の終わりだった。
兵士たちはエリを奇妙な目で見た。
魔法使いとしての制服を着ているが、魔力はほぼゼロ。
細身で、どこかおどおどした目をした少年。
これが連合軍の切り札だというのか。
「君がエリ=ド=ヴァレンか」
出迎えたのは連合軍の東方指揮官、アルカ将軍だった。
五十代の女性で、戦場で右腕を失い、
義手を持つ歴戦の指揮官だ。
彼女はエリをじっと見た。
「怖いか?」
「……はい」
「正直だな」アルカは短く笑った。
「だが、臆病者が勇者より長生きするのが戦場だ。
覚えておけ」
翌日、エリは初めて魔族と対峙した。
遠くから見ると、魔族は人間に似ていた。
しかし近づくほどに違和感が増した。
目の色が異常に深く、肌には薄く文様が浮かび、
その体の周囲には常に魔力の揺らぎがあった。
連合軍の魔法使いたちが魔法を放つと、
魔族はそれを受け止めるか逸らすかして、反撃してきた。
人間の術師が受けた一撃は、
その魔法使いの意識を容易に刈り取った。
エリは怖くて足が動かなかった。
しかしアルカ将軍の指示は明確だった。
「お前はただ前に出ればいい。能力を使え!
護衛の魔法使いがお前を全力で守るから安心しろ!」
エリは震える足で一歩踏み出した。
そして本能的に、あの時と同じ感覚を呼び起こした。
胸の奥から溢れ出すもの。
範囲が広がった。
戦場の魔族たちが一斉に動きを止めた。
発動中だった魔法が霧散した。
反撃のために練り上げていた魔力が消えた。
魔族たちは自分の手を見て、
何が起きているのかわからずに戸惑った。
その隙に、連合軍の槍兵と剣士が突進した。
魔法が使えなくなった魔族は、物理攻撃が通じる。
最初の戦闘は、連合軍の勝利だった。
しかしエリは喜べなかった。
魔力無効化の範囲には、
当然ながら連合軍の魔法使いたちも含まれていた。
つまりエリが能力を使っている間は、
味方も魔法が使えない。
それだけではなかった。
翌日の戦闘で、エリは気づいた。
魔族がエリを認識し始めたことを。
特別な目で見られていた。
恐れではなく、何か別の感情で。
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## 第六章 静かな戦場の怪物
半年後、
エリはもはや「切り札」ではなく
「悪夢」と呼ばれるようになっていた。
連合軍の間では英雄として扱われた。
しかし魔族の側から見れば、
エリは理解不能な脅威だった。
どれほど強力な術も、エリの前では無力だった。
魔族の指揮官クラスでさえ、
エリに近づくと魔力を失って剣の錆になった。
エリ自身はそのことに複雑な感情を持っていた。
戦う理由は姉を守るためだった。
しかし今や戦場で多くのものを奪っていた。
魔族とはいえ、彼らにも社会があり、
家族があるかもしれなかった。
しかしエリにその考えを止める選択肢はなかった。
止まれば、また多くの人間が死ぬ。
ある夜、アルカ将軍がエリに言った。
「お前の能力は、魔族だけでなく人間にも向けられる。
それがわかっているか?」
「わかっています」
「各国の政府はすでに気づいている」
アルカは静かに言った。
「戦争が終わった後、お前は厄介な存在になる。
魔力を持つ者全員の敵に成りうる」
エリは黙っていた。
「覚悟はあるか?」
「……どちらにしても、俺は魔力を持っていないから」
エリは小さく笑った。
「失うものは何もありません」
アルカは何かを言いかけて、止めた。
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## 終章 魔法の終わり
戦争が終わったのは、それから二年後のことだった。
エリの能力が決定的な役割を果たした
最後の大戦において、魔族の軍勢は壊滅した。
ただし、エリはその戦いで「魔力消去」を
戦場全体に向けて解き放つという
前代未聞の選択をした。
なぜそうしたのか、後にエリは誰にも話さなかった。
ただその結果、
その場にいたすべての存在が魔力を失った。
魔族だけでなく、人間の魔法使いたちも。
そして伝染するように、それは広がった。
魔力消去という術は、
接触によって連鎖するという性質を持っていた。
魔力を失った者が魔力を持つ者に近づくと、
その者の魔力もまた失われていく。
緩やかに、しかし確実に。
数十年の間に、地球から魔法使いは絶えた。
魔族もまた、魔法のない状態では
人間と同様の存在となり、
やがて歴史の中に埋もれていった。
文明は変わった。
魔法に依存していた技術は失われ、
人類は別の手段を模索した。
火を起こすために、木を擦った。
水を汲むために、桶を作った。
数百年の後、それは別の文明へと形を変えた。
エリがその後どうなったかを記録した文書は
残っていない。
ただひとつ、ラン王国の年代記に短い記述がある。
「無魔の男エリ、戦争の終結より三年後、
姉リナとともに山間の村に移り住む。
二人は穏やかに老いたという」
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## 後述
エリが世界から魔法を消して、数万年が過ぎた。
魔法を使った者たちは死に、
その子も死に、そのまた子も死んだ。
魔法の記録は失われ、魔法を使った建造物は朽ち、
魔法による傷跡は大地に飲み込まれた。
しかし消えなかったものがある。
ひとりの少年が炎を消した記憶。
ひとりの女が嵐を呼んだ記憶。
ひとりの老人が大地を動かした記憶。
それらは文字にならなかった。
しかし人類の血の中に、薄く、薄く、残り続けた。
母親が子に語る夜のおとぎ話の中に。
焚き火を囲む吟遊詩人の歌の中に。
子供が暗闇の中でひとり、
「魔法が使えたら」と夢想する瞬間の中に。
魔法は滅んだが、その「感覚」だけは消えなかった。
人間が魔法を「発明」したのではない。
人間が魔法を「思い出した」のだ。
正確には、思い出しきれないまま、
夢のように語り続けたのだ。
だから世界中の魔法の物語は、
細部は違えど、どこか同じ匂いがする。
同じ先祖の記憶を、
それぞれの言葉で翻訳しているのだから。
そしてひとつだけ、不思議なことがある。
世界中のおとぎ話において、
魔法は必ずと言っていいほど
「失われるもの」として描かれる。
魔法使いは迫害され、魔法の国は滅び、
魔法は禁じられ、あるいは忘れられる。
なぜ人類は、魔法が「あった」だけでなく、
「なくなった」ことまで覚えているのか。
その答えは、今あなたが読んだ物語の中にある。
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*――了――*