アニメでもジャンル化してきた
オタクとギャルもの
自分も作ってみました
# 夜明け前のコンビニ
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## 一
夏の終わりの匂いがする夜だった。
汗と煙草とシャンプーの混じった空気の中で、
レイは目を覚ました。
見慣れた天井。見慣れた散らかり方。
タツキの部屋だ。
隣を見ると、タツキはもう寝ていた。
レイは静かに起き上がり、脱ぎ捨てた服を拾った。
全身が重かった。
重い、というより、なんというか、空っぽな感じがした。
コップの水を全部飲み干した後みたいな。
スマホを確認すると、午前三時を少し過ぎていた。
クラブを出たのが一時だったから、
二時間も経っていない。
鏡を見た。
前髪がぺたんこになっている。
化粧は半分落ちかけていた。
二十歳の顔が、ひどく幼く見えた。
(また来ちゃった)
思いながら、レイはタツキの顔を見た。
横顔は整っている。
笑うと可愛い。背が高くて、体がいい。
DJの友達が多くて、どこに行っても顔が広い。
レイが彼を好きになったのは、もう一年以上前のことだ。
でも何が好きなのかと聞かれると、
うまく答えられなかった。
ただ、一緒にいると寂しくなかった。
それだけだったかもしれない。
レイはそっとドアを閉めて、
リビングのソファに腰を下ろした。
友達の誰かが置き忘れたポテチの袋が転がっていた。
テレビもつけずに、ただ暗い部屋の中に座っていた。
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バイトは週五日入っていた。
近所のコンビニ。
時給は高くないけど、店長が悪い人じゃないし、
シフトの融通が利くから続いている。
朝の七時から始まる早番は正直きつい。
クラブの夜から帰ってそのままレジに立つことも、
一度や二度じゃなかった。
眠い目をこすりながら品出しをしていると、
バックヤードから出てくる足音がした。
「おはようございます」
佐々木くんだった。
黒縁の眼鏡。清潔感のある白いシャツ。
髪はいつも少し癖があって、でも乱れているわけじゃない。
丁寧に生きている人間の顔、とレイは思っていた。
「おはよ」
レイは短く返した。
彼とはよくシフトが被る。
無口なわけじゃないけど、必要以上に話しかけてこない。
仕事は速いし丁寧で、
ミスをしているところを見たことがない。
多分オタクだ、とレイは思っていた。
棚の整理をしながら、
アニメの話を小声でつぶやいていることがあったから。
八月の初め、
コミケの時期になると、佐々木くんは何か変わった。
別に服装が変わるわけじゃない。
でも目が違う。
どこか遠くを見ているような、
それでいてすごく楽しそうな顔で、
バイトの合間にスマホをちらちら確認している。
レイはある日、思わず聞いてしまった。
「佐々木くん、コミケ行くの?」
「あ、はい」
少し驚いた顔で彼は振り向いた。
「よく知ってますね」
「友達から聞いたことあって。楽しいの?」
「楽しいですよ」
そう言った時の佐々木くんの顔が、
なんか、すごくよかった。
レイはその夜、
タツキの家のソファでそのことを思い出して、
なんとも言えない気持ちになった。
自分はあんな顔で
何かを好きになったことがあるだろうか。
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## 二
九月のある夜のことだ。
クラブから帰る途中、タツキが言った。
「なあ、今日ショウも呼んでいい?」
レイはピンとこなかった。
「ショウ?」
「一緒に遊ぼうぜ。三人で」
言い方のトーンで、わかった。
「……無理」
「え、なんで。楽しいじゃん」
「無理って言ってる」
タツキの顔が変わった。
「ノリわるいな」
「ノリの話じゃないし」
「だからなんで。
お前、そんなキャラじゃなかったじゃん」
「そんなキャラって何」
「別にいいじゃん、一回くらい。
嫌いじゃないだろ、そういうの」
レイは黙っていた。
嫌いじゃない。
それはそうだ。
でも今夜は、なんか、違う。
なんかが違う。
うまく言えないけど。
「ノリが悪いな、言うこと聞けよ」
タツキの声が上がった。
次の瞬間、頬に衝撃があった。
痛いというより、驚いた。
タツキが自分を殴った。
ただそのことだけが、しばらく頭に入ってこなかった。
部屋を出た。
エレベーターを待ちながら、レイは自分に問いかけた。
(なんで私、この人のこと好きだったんだろう)
わからなかった。本当に、わからなかった。
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## 三
行く場所がなかった。
タツキと繋がっている友達は多い。
レイとタツキの間で何があったか、
もうみんなに伝わっているだろう。
どんな風に話されているか、考えたくなかった。
最初の二日は、カラオケのフリータイムで夜を明かした。
でもお金が続かない。
三日目から、人通りの少ない
裏道の先にある小さな公園に行くようになった。
昼間は子供が遊んでいるけど、夜になると誰も来ない。
ベンチの上で膝を抱えて、夜が明けるのを待った。
虫の声が、思ったよりうるさかった。
空腹で眠れない夜は、
コンビニのバイト終わりにパンを買って、
公園で食べた。
バイト中は普通にしていた。
普通にしていられた。
レジに立っている間は考えなくていいから、
むしろ楽なくらいだった。
佐々木くんとシフトが被る日は、
少しだけ気持ちが軽かった。
理由はよくわからない。
ただ彼がいると、店の空気が落ち着いた感じがした。
ある夜、
バイトが終わって公園のベンチにいると、足音がした。
見ると、佐々木くんだった。
帰り道がたまたま同じ方向なのか、
リュックを背負ってこちらに歩いてきていた。
彼もレイに気づいて、
少し間があってから、会釈をした。
レイも会釈した。
佐々木くんは通り過ぎようとして、
でも少し足を止めた。
「……こんな時間に、どうしたんですか」
「散歩」
「そうですか」
また少し間があった。
「パン、食べてたんですか」
レイの膝の上に、コンビニの袋があった。
「うん。夜って食べたくなるじゃん」
「そうですね」
佐々木くんは少し迷うような顔をしてから、
隣のベンチに腰を下ろした。
別に聞いてもいないのに。
でもレイは、嫌じゃなかった。
しばらく二人で黙っていた。虫の声がしていた。
「佐々木くんって、ここ通るの?」
「今日が初めてです。
いつもと違う道を歩いてみようと思って」
「変なの」
「よく言われます」
少し笑った。
レイは、気づいたら言っていた。
「ねえ、今日、泊めてくれない?」
沈黙。
佐々木くんはレイの顔を見た。
驚いているのは明らかだったけど、
怒った顔じゃなかった。
「……事情を、聞いてもいいですか」
レイは少し考えた。
「話したら、長い」
「構いません」
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## 四
歩きながら話した。
タツキのこと。
殴られたこと。
行く場所がないこと。
公園で寝ていること。
話しながら、自分でも驚いた。
こんなに素直に話せるとは思っていなかった。
佐々木くんは口を挟まなかった。
ただ歩きながら、時々小さく頷いた。
マンションに着いた時、レイは思わず立ち止まった。
大きかった。
家族向けの、広そうな間取りのやつだ。
エントランスにオートロックがついている。
「……フリーターなのに、こんなとこ住んでるの?」
「いろいろあって」
部屋に入ると、きれいだった。
物が多いけど、散らかっていない。
本棚にぎっしり漫画や画集が並んでいた。
テレビの横に、フィギュアが並んでいた。
「空いてる部屋があるので、そこ使ってください」
二部屋ある。一人なのに。
「なんで一人でこんな広いとこ住んでるの」
「座りますか、話しますよ」
お茶を入れてくれた。
温かいやつ。
レイはいつ以来かわからない
温かい飲み物を両手で包んで、ソファに座った。
佐々木くんは話してくれた。
高校生の時に、両親が交通事故で亡くなったこと。
遺産で自活しながら高校を卒業したこと。
就職はうまくいかなくて、コンビニでバイトを始めたこと。
好きなオタク活動をしながら、静かに暮らしていたこと。
「宝くじ、当たったんです」
「……え」
「一昨年。スクラッチじゃなくて、普通の。高額の。」
レイはしばらく言葉が出なかった。
「漫画みたいな話じゃん」
言ったら、佐々木くんが少し困った顔で笑った。
「よく言われます」
「仕事しなくていいじゃん、それじゃあ」
「生活リズムを崩したくなくて。
あと、バイトに行かないと話す人がいないので」
レイは笑った。
声に出して、久しぶりに笑った。
お腹が少し揺れるくらいに。
(いつ以来だろう)
思ったら、急に鼻の奥がツンとした。
「……どうしたんですか」
佐々木くんがオロオロしていた。
「なんでもない」
「泣いてますよ」
「なんでもないって言ってる」
でも涙が出てきた。
拭いても拭いても出てきた。
佐々木くんはどうしていいかわからない顔で、
でも隣に座って、「大丈夫ですか」と何度も言った。
その「大丈夫ですか」が毎回少しずつ言い方が違って、
それがなんかおかしくて、
レイはまた笑った。
泣きながら笑った。
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(こういう人を好きになれたら、
私は幸せになれたのかな)
思った瞬間、気づいたらもう動いていた。
佐々木くんの顔が近かった。
レイはそのまま、彼にキスをした。
身体が石みたいに固まった。
でもそれが、なんか、よかった。
慌てないで、逃げないで、ただそこにいてくれた。
レイは佐々木くんをぎゅっと抱きしめた。
心臓の音が、すごく速かった。
彼のが。それとも自分のが。
どちらかわからなかったけど、速い鼓動がふたつ、
確かにそこにあった。
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## 五
翌朝、レイは空いてる部屋のベッドで目を覚ました。
窓から光が入っていた。
昨夜、佐々木くんは何も言わなかった。
ただ「ゆっくり寝てください」と言って、
自分の部屋に戻っていった。
レイはしばらく天井を見つめた。
(変な人だなあ)
思いながら、でも口の端が少し上がった。
台所から、何かいい匂いがした。
起き上がって廊下に出ると、
佐々木くんがエプロンをして卵を焼いていた。
「おはようございます。卵しかなくて」
「いや、じゅうぶん」
レイはテーブルについた。
朝ごはんを、誰かと一緒に食べる。
それだけのことが、ひどく久しぶりで、なんか照れた。
窓の外、
秋の朝の光が、テーブルの上に真っ直ぐ落ちていた。
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*了*