社畜が交通事故で転生

チート能力を獲得

人のいない場所で育った為に

結構な世間知らず

といういかにもな異世界転生ファンタジー

って感じにしてみました

 

 

 

# 転生魔法使い ―― 無限の魔力を持つ者

---

## 第一章 社畜の末路

 画面の光だけが部屋を照らしていた。

 時刻は午前三時十七分。

 桐島 蓮(きりしま れん)は、
その日も会社のパソコンの前に座り続けていた。
二十八歳。独身。趣味と呼べるものはほとんどない。
いや、正確には一つだけあった。アニメだ。

 サブスクリプションサービスに三つ加入し、
週末には撮り溜めた録画を一気に観る。
勇者が異世界で無双する話、
最強の転生者が世界を救う話、
何の変哲もない少年が魔法の才能を開花させる話。
現実では何一つ持っていない自分が、
画面の中の主人公に重なるような気がして、
それだけが生きる理由だった。

 だが、そのアニメさえも
最後に観たのはいつだったか。
半月前だろうか。

 残業、残業、また残業。

 蓮が勤める「タイガーコンサルティング株式会社」は、
業界でも名の知れたブラック企業だった。
上司のパワハラは日常茶飯事、
有給休暇は存在するが申請すると嫌がらせを受ける。
新卒で入社した同期のうち、
三年で残ったのは蓮一人だった。
それでも辞められなかった。
辞めたあとの自分が想像できなかったから。

 「桐島、明日の朝イチで資料出せるよな?」

 メッセージアプリの通知。
上司からだ。
時刻は午前三時十九分。

 蓮は少し考え、
「はい、対応します」と打ち込んだ。
返信してから自嘲気味に笑った。
自分でも驚くほど、
その返事に何の感情も乗っていなかった。

 午前四時半、
ようやく資料が完成した。
蓮はオフィスのビルを出て、夜明け前の街を歩いた。
半月ぶりに自宅へ帰る道だった。
会社のソファで仮眠を取ることが多く、
自分のベッドで眠ることが
もはや特別なことになっていた。

 「帰ったらあのアニメの続き、観よう」

 最終話まで残してある
魔法学園ファンタジーのことを思い出しながら、
蓮は薄暗い大通りを歩いた。
眠気で目がかすむ。
信号が青に変わり、横断歩道へ踏み出した、
その瞬間だった。

 轟音。

 地面を揺らすような振動。

 視界の端に、信じられないほど
大きなトラックが映った。
過積載で車体が大きく傾き、
ハンドルが利かなくなった様子で歩道に突っ込んでくる。
運転席からは聞き覚えのない言語の叫び声が聞こえた。

 蓮は体を動かせなかった。

 疲れ切った体は、
もはや指一本動かす余力も持っていなかった。

 ――ああ、これで終わりか。

 不思議と、恐怖はなかった。
ただ一つだけ、心残りがあった。

 最終話、観たかったな。

---

## 第二章 再び生まれる

 意識が、あった。

 暗闇の中に、確かに「自分」という感覚があった。
蓮は混乱
しながらも状況を整理しようとした。
死んだ。
それは間違いない。
トラックに轢かれた衝撃は、最後の一瞬だけ感じた。
だが今、自分はどこかに「在る」。

 やがて、光があった。

 温かく、柔らかい光。

 そして音。声だ。
女の声。
穏やかで、鈴を転がすような声が、
意味の分からない言葉で何かを語りかけてくる。

 蓮は目を開けた。

 大きな顔が二つ、自分を覗き込んでいた。
女と男。
どちらも上等な衣を纏い、
女は涙を浮かべながら微笑んでいた。
男は分厚い手で蓮の小さな体をそっと包んだ。

 ――小さな体?

 蓮は自分の手を見た。
丸くて、柔らかくて、皺だらけの赤ん坊の手だった。

 転生、という言葉が頭に浮かんだ。

 あれだけアニメで観ていた展開が、
まさか自分の身に起こるとは。

 新しい父と母は、
どうやら大きな商人の一族らしかった。
邸宅は広く、使用人も多く、
二人は赤ん坊になった蓮を
――名をルークと名付け――溺愛した。

 蓮はルークとして、
ゆっくりと新しい世界を観察し始めた。
前世の記憶は全て残っている。
言語も、数ヶ月で習得した。
この世界には魔法が存在し、
貴族から平民まで多くの者が
何らかの魔法を使えるようだった。

 そして蓮は、
自分の体の内側に何かがあることに気づいた。

 熱くも冷たくもない、巨大な「何か」が、
体の奥底で静かに渦巻いていた。

---

## 第三章 炎と静寂

 ルークが一歳になる頃、
一家は王都への移住を決めた。
父の事業が大きく拡大し、
王都に新たな拠点を構えることになったのだ。
荷馬車が十台以上連なる大きな商隊が、
広大な草原を横断する街道を進んでいた。

 旅の三日目の夜のことだった。

 最初は遠くに光った紫色の炎だった。

 次の瞬間、
前方を行く馬車が爆発したかのように吹き飛んだ。
護衛の兵士たちが叫ぶ声。
母が蓮を胸に抱きしめる腕の力が急に強くなった。

 「魔族だ!」

 誰かが叫んだ。

 蓮の目に映ったのは、
人の形をしながら人ではない何かだった。
黒い靄を纏い、赤い目を持つ存在が、
夜の闇の中から次々と現れ、
護衛を、御者を、
そして商人たちを容赦なく蹂躙していった。

 父が剣を取り出した。
だが、その剣は魔族の前では子供の木刀も同然だった。

 母は馬車の荷台の奥に蓮を押し込め、毛布で包んだ。

 「ルーク、ごめんなさい。ごめんなさいね」

 それが母の最後の言葉だった。

 轟音。悲鳴。やがて、静寂。

 どれほど時間が経ったか分からない。
蓮は暗い荷台の中で、ひたすら息を殺していた。
泣きたかった。
叫びたかった。
だが体は動かず、声も出なかった。

 やがて夜明けが来て、
荷台に薄い光が差し込んできた。

 外は静かだった。

 蓮は這うようにして荷台の隙間から外を見た。
馬車の残骸。
炎の跡。
そして、動かない人たち。
父も、母も、使用人も、護衛も、
皆、冷たくなっていた。

 ルークは泣いた。
赤ん坊の声で、
誰もいない草原に向かって、
ただ泣き続けた。

---

## 第四章 老魔法使いとの出会い

 泣き声が草原に響いていた。

 その声を拾った者がいた。

 「……ほう」

 低く、しわがれた声。

 老人だった。
背が高く、長い白い顎鬚を持ち、
くたびれた灰色のローブを纏っている。
杖は持っていない。
両手は素手だが、
その手の周囲にはかすかに魔力の揺らぎが見えた。

 アルベルト・フォン・グライフェンという名の老人は、
かつてこの大陸最高峰の魔法使いと呼ばれた人物だった。
王宮に仕え、三つの戦争を魔法一つで終わらせた
伝説の魔術師。
三十年前に全てを捨てて山奥に隠棲し、
今は誰にも知られずに生きていた。

 その彼が、たまたま薬草を採りに出かけた帰り道で、
燃え尽きた商隊の残骸を見つけた。

 「魔族の仕業か。
最近、また活発になってきておるな」

 老人は死体を一瞥し、合掌した。
そして残骸を丁寧に調べていくと、
一台の荷馬車の奥から、泣き声が聞こえた。

 毛布に包まれた赤ん坊。

 アルベルトは長い白眉をひそめた。
この状況で生き残ったことが、まず信じがたい。
次に、この子の体から発せられる魔力の気配が、
信じがたかった。

 「なんだ、これは……」

 老人は思わず一歩退いた。
三十年のキャリアで一度も感じたことのない、
底知れない魔力の奔流。
それがこの赤ん坊の体から、
まるで地底の泉のように絶えず湧き出ていた。

 赤ん坊は泣くのをやめ、老人をじっと見つめた。
その碧い目には、奇妙なことに、
赤ん坊らしからぬ落ち着きがあった。

 アルベルトは長いこと赤ん坊と視線を交わした後、
諦めたようにため息をついた。

 「……仕方あるまいな」

 老人は赤ん坊を抱き上げた。
思いのほか軽かった。

 「おい、名はあるか」

 赤ん坊は答えるはずもないが、
アルベルトには、
この子がほんの少し口角を上げたように見えた。

 「ルーク、と呼んでやろう。それでよいか」

 老人の問いに、ルークは小さく手を動かした。

---

## 第五章 山奥の修行時代

 アルベルトの家は山の中腹にあった。

 石造りの小屋が三棟、周囲には広大な薬草畑、
そして裏山には彼が研究用に作った魔法陣が
刻まれた広場があった。
老人は一人暮らしに慣れており、
赤ん坊の世話には最初こそ四苦八苦したが、
魔法で補助しながらなんとかこなした。

 ルークの成長は異様に早かった。
いや、正確には、成長速度は普通の子供と同じだが、
吸収力が桁外れだった。
一歳で歩き始め、
二歳で会話が成立し、
三歳でアルベルトが教える魔法理論の基礎を理解した。

 「お前、本当に三歳か?」

 アルベルトが毎朝のように呟く言葉だった。

 四歳になったルークは、
初めて魔法の「発動」を試みた。
アルベルトが教えたのは最も基礎的な
「火の玉を作る」魔法だ。
初心者が一ヶ月かけてようやく習得する術式。

 ルークは三秒で完成させた。

 ただし、その火の玉はリンゴほどの大きさではなく、
家ほどの大きさだった。

 「待て待て待てぇ!」

 アルベルトが慌てて制御魔法を重ねがけした。
家が燃えるところだった。

 以来、師は弟子に「魔力の制御」を
最優先事項として教え込んだ。
ルークの問題は才能がないことではなく、
才能が有り余りすぎることだった。
体の中に無尽蔵の魔力があり、少し気を抜けば暴走する。
制御できるようになるまでの二年間、
ルークは毎日魔力の出力調節だけを練習した。

 六歳、制御の基礎が完成した。

 七歳から、本格的な魔法習得が始まった。

 炎、水、風、土、雷、氷、光、闇。
属性魔法の全種類。

 付与魔法、結界魔法、回復魔法、空間魔法。

 遠距離狙撃術式、中距離制圧術式、近距離防御術式。

 アルベルトが生涯をかけて
収集・開発した魔法の全てを、
ルークは貪欲に吸収した。
かつて社畜として鍛えられた
「理不尽な状況でも黙々と継続する力」が、
ここで全開になっていた。

 「不思議な弟子だ」とアルベルトは日記に書いた。
「才能は飛び抜けているが、おごりがない。
魔法が使えない物語の主人公にでも
感情移入しているのか、
できないことへの悔しがり方が妙に人間くさい。
聞けば夢でアニメとやらを観るらしく、
朝方に機嫌がよいのはそのせいだという。
正直、よく分からぬ」

 十歳になる頃には、
ルークの魔法はアルベルトを超えていた。

 師はそれを喜び、そして少し寂しそうだった。

---

## 第六章 全て間合いの魔法使い

 十三歳のある日、アルベルトはルークに告げた。

 「遠距離、中距離、近距離、
それぞれの攻防を完璧にマスターした時、
お前は旅立てる。今からその総合試験を行う」

 裏山の広場に二人で向かった。
ルークはいつものように、
胸元のボタンを一つ留め忘れた白いシャツ姿で、
やや寝癖のついた黒髪で現れた。

 「遠距離から始める。あの山を見ろ」

 アルベルトが指さした先には、
五キロほど離れた山頂が見えた。

 「あの頂上の岩を消してみせろ。
ただし、麓の村に被害が出ない精度で」

 ルークはしばらく目を細め、山を見つめた。
風の流れを読み、魔力の投射角度を計算し、
着弾時の爆発半径を割り出す。
その全てを、三秒で終えた。

 右手を前に伸ばした。

 指先に、小さな点が生まれた。

 眩い光。

 轟音が来たのは三秒後だった。

 山頂が消えた。
いや、消えただけではない。
頂上から半径三百メートルの岩盤が蒸発し、
そこにあった地形そのものがなくなっていた。
山が一つ、低くなっていた。

 土煙が晴れるのを待って、
アルベルトはゆっくりと口を開いた。

 「……麓の村は?」

 「無事です。衝撃波は迂回術式で相殺しました」

 老人は深く息を吐いた。

「次、近距離だ。わしを攻撃してみろ」

 「え、師匠を?」

 「わしが最強の防御結界を展開する。
それを全て突破してみせろ」

 アルベルトは七重の防御結界を重ねた。
その防御力は、かつて軍の最上位魔法使い
十人がかりで一時間かけて崩せなかった
難攻不落の壁だ。

 ルークは十秒でそれを突破した。

 一枚目は逆位相の結界で相殺。
二枚目は魔法無効化で消去。
三枚目は物理的な衝撃波で粉砕。
四・五枚目は連続した近接魔法の嵐で押し流した。
六枚目は内側から展開した空間魔法で捻じ曲げ、
七枚目は属性転換魔法で無力化した。

 アルベルトは顔面蒼白だった。

 「今のは……七種類全て違う手法で崩したのか」

 「はい。同じ手法だと相手が慣れますので」

 「お前は……本当に十三歳か?」

 それが第二の「本当に三歳か?」だった。

 二年後、十五歳の春。

---

## 第七章 出発の朝

 山に雪が残っていた。

 ルークは夜明け前から起き出し、
いつものように薬草畑に水をやり、小屋を掃き清めた。
今日が最後の朝だと分かっていても、
習慣は変わらなかった。

 アルベルトは台所でスープを作っていた。
豆と芋と干し肉のスープ。
ルークが幼い頃から毎朝食べてきたものだ。
二人は向き合って食卓に着き、
しばらく何も言わずにスープを飲んだ。

 「師匠」

 「なんだ」

 「ありがとうございました」

 アルベルトは黙って器を置いた。

 「礼を言うのはわしの方だ。
十五年ぶりに、誰かのために
魔法を教える喜びというものを
思い出させてもらった」

 ルークは頷いた。
前世で、誰かに感謝された記憶はほとんどない。
「ありがとう」という言葉は会社では
滅多に聞かなかった。
だからこそ、
今のアルベルトの言葉が、胸の奥に温かく沁みた。

 出発の刻限になった。

 ルークは旅装に身を包んだ。
動きやすい黒いコートに、腰には何も下げていない。
武器は不要だった。
魔法が全てだ。

 「最後に一つだけ、覚えておけ」

 アルベルトは杖を持たない手を、ルークの肩に置いた。

 「強さとは、誰かを踏みにじるためにあるのではない。

お前の力は、人を守ることもできれば、世界を壊すこともできる。

どちらに使うかを決めるのは、魔力でも術式でもなく、お前自身の心だ」

 ルークは真っ直ぐに師を見た。

 「分かっています」

 「分かっているとは思わん。今はまだ分かっていない。
旅をして、様々な人に出会って、初めて分かるものだ」

 老魔法使いは小さく笑った。
皺だらけの顔が、
ルークが初めて会った日の優しさと同じだった。

 「行け。この世界は広い。
お前に見せたいものが山ほどある」

 ルークは一礼し、山道を下り始めた。

 振り返ると、アルベルトが小屋の前に立ったまま、
小さく手を振っていた。

 ルークも手を振り返し、そして前を向いた。

 春の風が、下界から吹き上げてきた。
草の匂いと、どこか遠い街の煙の匂いが混じっていた。

 十五年前、疲れ果てた社畜が最後に思ったのは、
「アニメの最終話が観たかった」ということだった。

 今のルークが思うのは――

 「この世界の、最終話はどんな話だろう」

 ということだった。

 答えを出すのは、
まだずっと先の話になりそうだった。

---

## 終章(序章) 世界へ

 王都まで三日の街道沿いに、小さな町があった。

 その町の酒場で、若い旅人の噂をしている者がいた。

 「聞いたか。
北の山から降りてきた黒コートの若者だ。
賞金首のならず者五人を
一瞬で縛り上げて衛兵に渡したと。
魔法使いらしいが、
魔法を使ったとこを誰も見てないそうだ」

 「どんな顔してた?」

 「それがな、こう、
なんか……眠そうな顔してたっていうんだ。
目が半分しか開いてなかったって」

 「なんだそりゃ」

 笑い声が上がった。

 その時、酒場の扉が開いた。

 春の風と一緒に、黒いコートを着た、
やや眠そうな目の若者が入ってきた。

 カウンターに腰を下ろし、
宿屋の主人に向かって言った。

 「すいません、部屋一つと、
あと……この辺りで面白い話ってありますか?」

 主人は不思議な客だと思いながら、
部屋の鍵を渡した。

 ルークの旅は、始まったばかりだった。

---

*―― 続く ――*