結局 ネタを思いつかず
第百六十八弾の続きを作りました
# 孤独者の異世界開拓記
## 第二部 接触
### 第六章 拡張と備え
転移から四ヶ月が経つ頃には、
拠点は別物になっていた。
土魔法の熟練度が上がるにつれ、
悠斗は洞窟の奥へ奥へと空間を広げていった。
岩盤を溶かすように削り、柱を立て、
天井を補強し、部屋を作る。
最終的に拠点は十の部屋と
広い共有スペースを持つ構造になった。
寝室、作業室、食料庫、薬草室、鍛冶場
——用途ごとに分けた部屋が横穴の奥に連なっている。
風呂も作り直した。
最初の五右衛門風呂は一人用だったが、
今は岩盤を大きく掘り込んで湯船を広げ、
脱衣所も設けた。
水魔法と火魔法を組み合わせれば
湯温の管理は容易だ。
電気魔法で照明も入れたから、
夜でも明るく使える。
なぜそこまで広げたかと言えば、
理由は単純だった。
万が一、誰かが来るかもしれないから。
クラスメイトたちのことを、
まったく考えていなかったわけではない。
あの混乱の中で全員が無事に
生き延びているとは思えなかった。
半年が経てば、ある程度の淘汰が
起きているはずだ。
追い詰められた人間が
ここへ辿り着く可能性はゼロではない。
悠斗は感傷よりも実用を優先する人間だったが、
だからこそ準備は怠らなかった。
同時に、敵対者が来る可能性も想定した。
追い詰められた人間が善意を持つとは限らない。
むしろ逆だ。飢えと恐怖は人を変える。
力で奪おうとする者が来たとき、
悠斗には抵抗する手段が必要だった。
魔法の練習に格闘術と弓術を組み合わせた
訓練を加えた。
土魔法で拘束し、風魔法で撹乱し、
間合いを詰めて制圧する。
あるいは電気魔法で一瞬の隙を作り、
弓で距離を取る。
組み合わせは無数にある。
実戦の場は、森だった。
この森には魔物がいた。
人語を解さない獣型のものから、
知性の片鱗を見せる上位種まで様々だ。
悠斗は毎日狩りに出て、
魔物との戦闘で戦術を磨いた。
負けることもあった。
最初の一ヶ月は傷だらけで帰ることも
珍しくなかった。
しかし治癒魔法があれば致命傷でなければ
回復できる。
ギリギリのところで生き残り、
次は同じミスをしない。
魔物の肉は食えるものが多かった。
最初は警戒したが、
少量ずつ試して確認していくうちに
種類ごとの味と調理法が見えてきた。
臭みの強いものはハーブと長時間煮込む。
淡白なものは炙るだけでうまい。
脂の多い種は干し肉に向いている。
食の選択肢が一気に広がり、食卓が豊かになった。
転移から半年。
悠斗の生活は、
快適の一言で表せるほどに安定していた。
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### 第七章 発見
その日の狩りは、
いつもより深い森まで踏み込んでいた。
新しい魔物の縄張りを確認するためだった。
地図に書き込みながら進んでいると、
茂みの陰に何かが見えた。
動物ではない。人間だ。
駆け寄って確認した瞬間、
悠斗は足を止めた。
見覚えのある顔だった。
制服の残骸をまとった少女が、
木の根元に崩れるように倒れている。
顔色は悪く、唇が乾いている。
しかし胸は上下しており、生きている。
野村美希。
クラス委員長。
小学校からの幼馴染。
悠斗が話しかけた記憶はほとんどない。
しかし美希の方は昔から悠斗を気にかけていた。
一人でいる悠斗を見つけると何かと声をかけ、
クラスで孤立していても特に同情するでもなく、
ただ普通に接してきた。
その距離感が悠斗には悪くなかった。
「……生きてたか」
しゃがんで状態を確認する。
擦り傷と打ち身が目立ち、栄養状態は明らかに悪い。
脱水もある。ここで放置すれば助からないだろう。
悠斗は美希を抱き上げた。
その瞬間、
彼女の体の重さと柔らかさが腕に伝わった。
思考の端に、不意に雑念が浮かぶ。
異世界に来てから半年。
男としての欲求が消えていたわけではなく、
ただ毎日が忙しすぎて
考える余裕がなかっただけだ。
いざこうして女性を抱えると、
抑えていたものが頭をもたげる。
——馬鹿なことを考えるな。
悠斗は思考を切り捨て、歩き始めた。
意識のない人間に何かしようという気は、
さすがに起きなかった。
ただの生理現象だ。
処理すべき問題として棚上げして、
今は目の前のことに集中する。
拠点まで、急いだ。
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### 第八章 再会
藁を詰めた布団の上に美希を寝かせ、
治癒魔法をかけた。
淡い光が彼女の体を包む。
傷が塞がり、血色が戻り始めた。
電気魔法の照明に照らされた顔は、
まだ疲弊の色が濃いが、
確かに生きている顔だった。
悠斗は調理にかかった。
消化に負担のかからないスープがいい。
芋と干し肉を柔らかく煮込んで、
ハーブで風味をつける。
飲み物は水魔法で出した清水。
意識が戻ったらすぐに飲ませられるよう、
木のコップに用意しておく。
鍋が煮立ち始めた頃、
布団の方で小さな声がした。
「……ここ、どこ……?」
美希が目を開けていた。
天井の岩盤を見上げ、次に電気魔法の光源を見て、
それから鍋の前に座っている悠斗を見た。
数秒の沈黙があった。
「……悠斗、くん?」
「起きたか」
悠斗はスープをよそいながら答えた。
「森で倒れてた。ここは俺の拠点。食えるか?」
美希はゆっくりと体を起こし、
差し出されたスープを受け取った。
最初は少しずつ、やがて一気に飲み干した。
それからコップの水も飲んだ。
外より温かい室内の空気も手伝って、
見る間に顔色が改善されていく。
「……ありがとう」
「話せるなら聞く。何があった」
美希は少し間を置いてから、話し始めた。
転移直後、
クラス委員長として皆をまとめようとした。
役割を決め、拠点を作り、
食料を確保する仕組みを整えた。
最初は機能していた。
しかし時間が経つにつれてほころびが出た。
サボる人間が増えた。
働く人間が疲弊した。
不満が溜まり、言い争いが増えた。
そしてある夜——美希はそこで言葉を切った。
「……暴力が、出た。
最初は喧嘩だったんだけど。
だんだん、女の子が標的にされるようになって」
声が小さくなった。
「私も、逃げた。逃げなきゃいけなかった。
でも走り続けるうちに、もう動けなくなって」
話し終えた後、美希は俯いたままだった。
しばらく何も言わなかった。
それから突然、彼女は顔を上げて
——悠斗に抱きついた。
制服越しに伝わる震えが、
どれほど限界だったかを語っていた。
気丈で、いつも周りのことを考えていた彼女が、
ボロボロになっていた。
半年間、一人で、全員分を背負い続けて、
それでも足りなくて。
悠斗は少し考えてから、腕を回した。
抱きしめた温度の中に、また雑念が浮かんだ。
泣きはらして赤くなった目が、
不覚にも物凄く可愛く見えた。
——嫌われるかもしれない。
そう思いながら、
悠斗は美希の頭をそっと傾け、唇を重ねた。
衝動だった。
理屈ではなかった。
ただ、抑えられなかった。
叩かれるか、と思った。
しかし美希は動かなかった。
しばらくして、震えが少しだけ収まった。
悠斗は唇を離し、何も言わなかった。
美希も何も言わなかった。
ただ彼女の手が、悠斗の袖をぎゅっと掴んでいた。
——余程、怖かったんだろうな。
感傷ではなく、率直にそう思った。
同時に、自分が今この人間を
守る立場になったことも、静かに理解した。
「今夜はゆっくり寝ろ」
悠斗は言った。
「ここは安全だ。俺がいる」
美希は小さく頷いて、
また悠斗の肩に額を押しつけた。
電気魔法の光が、二人を柔らかく照らしていた。
滝の音が、変わらず響いていた。
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*次章「第九章 二人の生活」へつづく*