大企業のやっている事が
外資の二番煎じを積極的に取り入れて
日本の強みを無くしているようにしか見えない
個人成果主義なんてやっても
長年それでやって来た欧米に勝てるわけがない
彼らは元々 狩猟民族で
個人成果主義に慣れている
一方 日本人は農耕民族だから
集団成果主義に慣れている
当然 両方共メリット、デメリットはある
が日本人が得意なのは
やはり集団成果主義だと思います
人を大切にして協力して成果を上げる
そこをもっと重要視した方がいいと思います
# 器用貧乏の改革者
## 第一章 呼び出し
スマートフォンが鳴った。
画面には「父」の文字。
「もしもし」
「すぐに聖和記念病院に来い。じいさんが倒れた」
父の声は普段より低く、
有無を言わせぬ響きがあった。
俺――柏木健は、
バイト先のカフェを早退させてもらい、
電車に飛び乗った。
二十三歳、高校卒業から五年。
大学には行かず、様々なバイトを転々としながら、
興味の赴くままに生きてきた。
病院の個室に着くと、すでに親族が集まっていた。
父、叔父、叔母、従兄弟たち。
みな揃いも揃って紺やグレーのスーツ姿だ。
その中で、
俺のジーンズとパーカー姿は明らかに浮いていた。
「遅いぞ」
父が小声で叱責する。
俺は無視してベッドに近づいた。
祖父――柏木吉蔵は、
ベッドに横たわりながらも目を開けていた。
八十二歳。柏木グループの会長として、
十三社を束ねる大企業の頂点に君臨してきた人物だ。
「健、来たか」
祖父の声は弱々しかったが、
意識ははっきりしていた。
「じいちゃん、大丈夫か」
「まだ死なん。だが、もう長くはないかもしれん」
病室に緊張が走る。
「健、お前に頼みがある」
「何?」
「うちの会社の重役になってくれ」
病室が静まり返った。
「は?」
俺だけでなく、親族全員が呆気にとられた。
父の顔が見る見る赤くなっていく。
叔父は目を見開いたまま固まっている。
「父さん、何を……」
父が口を開きかけたが、祖父が手を上げて制した。
「黙って聞け。
健、お前は学校の勉強は苦手だったが、
興味を持ったことはとことん追求してきたな」
「まあ、そうだけど……」
実際、俺は学生時代から変わり者だった。
授業中は上の空で、テストの点数は散々。
だが、興味を持ったことには寝食を忘れて没頭した。
中学の時は木工に熱中し、
近所の大工さんに弟子入りして家具を作った。
高校では突然プログラミングに目覚め、
独学でアプリを作り上げた。
ギターも、料理も、写真も、溶接も
――何でもかじっては、
ある程度のレベルまで極めてきた。
結果、かなりの器用貧乏になった。
何でもできるが、何のプロでもない。
「高校卒業後、お前はいろんなバイトをしながら、
様々な人と交流してきた。それが良かった」
「良かったって……」
「今の柏木グループの社員は、優秀だが視野が狭い。
良い大学を出て、良い成績で入社して、
出世のために働く。それが悪いとは言わん。
だが、全員が同じような人間ばかりでは、
会社は硬直する」
祖父は咳き込み、看護師が水を差し出した。
一口飲んで、祖父は続けた。
「今のやり方では、デメリットが大きい。
業績も落ちている。
違う考えの人間を入れないといけないが、
人を選ぶのは難しい。
ましてや、うちのような大企業を選ぶ者は、
出世欲が強すぎて下の者を見下す者も多い」
その言葉に、俺は思い当たることがあった。
フリーター時代、いろんな場所で働いた。
倉庫作業、引っ越し業者、イベントスタッフ
――そこで出会った人たちの中には、
驚くほど有能で真面目な人がたくさんいた。
一方で、たまに大企業の下請けの現場に入ると、
元請けの社員たちの傲慢さに辟易することもあった。
現場のことを何も知らないくせに、
偉そうに指示だけ出す。
ミスがあれば下請けのせいにし、
成功すれば自分の手柄にする。
「お前には、そこをどうにかして欲しい。
真面目で能力のある人間が、
正当に評価される仕組みを作ってくれ。
重役の役職は、その為の権限だ」
祖父の目は、真剣だった。
俺は親族たちの顔を見回した。
父は複雑な表情をしている。
叔父は明らかに不満そうだ。
従兄弟たちは、
嫉妬と困惑が入り混じった目で俺を見ている。
「じいちゃん、俺は親族経営には批判的なんだ。
それは前から言ってきたよね」
「知っている。だが、お前しかいない」
「なぜ?」
「お前は、この業界の常識に染まっていない。
そして、下で働く人間の気持ちが分かる。
それに――」
祖父は苦しそうに笑った。
「お前には、出世欲がない。
だからこそ、信頼できる」
確かに、俺は出世には興味がなかった。
というより、大企業の重役なんて、
窮屈で面倒くさそうで、全く魅力を感じなかった。
だが――
祖父の言葉には、一理あると思った。
真面目で頑張っている人が評価されず、
人の手柄を横取りしたり、
人を陥れるような人ばかりが出世している。
俺が見てきた社会は、確かにそういう側面があった。
日本人は、世界でも稀に見るほど
真面目な人の割合が多い国だ。
なのに、今の日本はそういう人たちを蔑ろにしている。
大企業は欧米の猿真似ばかりして、
本来の日本の良さを捨てている。
もし、それを変えられるなら――
「条件がある」
俺は言った。
「言ってみろ」
「一つ、俺の判断で人事に関われること。
二つ、現場を見るために、
会社のどこにでも自由に出入りできること。
三つ、半年間の試用期間を設けて、
俺がダメだと思ったら、
または会社が俺をダメだと判断したら、
いつでも辞められること」
祖父は父を見た。
「どうだ、誠一」
父――柏木誠一は、しばらく黙っていたが、
やがて頷いた。
「……分かりました。父さんがそう言うなら」
「では、決まりだ」
祖父は満足そうに目を閉じた。
こうして、
俺の奇妙な会社員生活が始まることになった。
## 第二章 初日
柏木グループ本社ビルは、
東京都心の一等地にそびえる
二十五階建ての近代的な建物だった。
エントランスには大理石が敷き詰められ、
巨大なシャンデリアが天井から吊り下げられている。
「うわ、成金趣味だな」
俺は思わず呟いた。
隣を歩いていた人事部長の田中が、
苦笑いを浮かべた。
「創業者のご趣味でして……」
田中は五十代半ばの、
典型的なサラリーマンという風貌の男だ。
父から「健の補佐をしてやってくれ」
と命じられたらしい。
俺は今日から、常務取締役
という肩書きで働くことになった。
二十三歳の常務なんて、社内では大騒ぎだろう。
案の定、すれ違う社員たちの視線が痛い。
「あれが例の……」
「会長のお孫さん?」
「なんで大学も出てないのに、いきなり常務なの」
ヒソヒソ話が聞こえてくる。
まあ、当然だろう。
エレベーターで最上階に上がると、役員フロアだった。廊下は静まり返り、重厚なドアが並んでいる。
「こちらが柏木常務のお部屋になります」
田中が案内したのは、広々とした個室だった。
窓からは東京の街が一望できる。
大きな机、革張りのソファ、本棚
――全てが高級感に溢れている。
「で、俺は何をすればいいんだ?」
「まずは、
各部署の報告書に目を通していただき……」
「それ、意味ある?」
田中が言葉に詰まった。
「俺、紙の上の数字見ても、何も分からないんだよね。
だから、現場を見せてくれ」
「現場、ですか」
「そう。この会社が何を作って、
どうやって売ってるのか。
実際に見ないと分からない」
田中は困惑した表情を浮かべたが、やがて頷いた。
「分かりました。
では、まず本社内の各部署を回りましょうか」
こうして、俺の会社探検が始まった。
最初に訪れたのは、営業部。広いフロアに、
デスクがずらりと並んでいる。
社員たちは電話をかけたり、
パソコンに向かったりしている。
「お疲れ様です!」
田中の声に、社員たちが一斉に立ち上がった。
緊張した面持ちで、俺たちを見ている。
「あ、座って座って。普通にしててくれ」
俺は手を振った。
社員たちは戸惑いながらも、ゆっくりと着席した。
だが、明らかに落ち着かない様子だ。
「営業部長の山崎です」
四十代くらいの、
きっちりとスーツを着こなした男が挨拶に来た。
営業スマイルを浮かべているが、
目は笑っていない。
「柏木です。よろしく」
俺は握手を求めた。
山崎は一瞬驚いたが、すぐに握手に応じた。
「で、ここでは何を売ってるんですか」
「当社は、産業用機械部品の製造販売を
主軸としております。
特に、自動車業界向けの精密部品では……」
山崎は流暢に会社の事業内容を説明し始めた。
だが、俺には半分も理解できなかった。
専門用語が多すぎる。
「すみません、もっと簡単に言ってもらえます?」
山崎の表情が硬くなった。
「つまり、車を作るのに必要な部品を、
うちで作って売ってるってことですか」
「ええ、まあ、大まかに言えば……」
「で、その部品って、どこで作ってるんですか」
「工場は、埼玉と栃木と……」
「じゃあ、今度その工場を見せてください」
山崎と田中が顔を見合わせた。
「常務が工場に?」
「ダメですか」
「いえ、もちろん構いませんが……」
その後も、いくつかの部署を回った。
どこでも同じような反応だった。
緊張、戸惑い、そして微かな不信感。
無理もない。
いきなり現れた若造が、
偉そうな肩書きだけ持って現場に来たのだから。
だが、俺は気にしなかった。
まだ始まったばかりだ。
## 第三章 工場訪問
翌週、俺は埼玉の工場を訪れた。
田中と山崎が同行したが、
俺は一人で現場を歩き回りたいと伝えた。
二人は渋々了承した。
工場は、想像以上に大きかった。
広大な敷地に、いくつもの建物が立ち並んでいる。
金属の焼ける匂いと、機械の音が響いている。
「こちらが第一工場です」
案内してくれたのは、
工場長の佐藤という初老の男だった。
作業服姿で、
日焼けした顔には深い皺が刻まれている。
「よろしくお願いします」
俺も作業服に着替えて、ヘルメットを被った。
工場内は、驚くほど整然としていた。
機械が規則正しく動き、
作業員たちがきびきびと働いている。
「すごいですね」
「ありがとうございます」
佐藤は誇らしげに笑った。
「この工場は、創業当時からの主力工場でして。
私も、ここで四十年働いております」
「四十年!」
「ええ。新卒で入社して以来、ずっとここです」
俺は感心した。
一つの場所で四十年も働き続けるなんて、
今の時代では珍しい。
「佐藤さん、一つ聞いていいですか」
「何でしょう」
「この工場で、一番の問題は何ですか」
佐藤の表情が曇った。
「……人手不足です」
「人手不足?」
「ええ。若い人が来ても、すぐに辞めてしまう。
最近は、半年ももたない人が多いです」
「なぜですか」
佐藤は周囲を見回してから、小声で言った。
「本社から来る指示が、
現場を無視したものばかりなんです。
できもしない納期を押し付けられ、
それでいて人員は増やしてもらえない。
残業は増える一方で、若い人たちは疲弊していく」
俺は頷いた。
「本社には、そういう意見は伝えてるんですか」
「伝えても、聞いてもらえません。
『工場の効率が悪い』『もっと生産性を上げろ』
と言われるだけです」
佐藤の声には、諦めと怒りが混じっていた。
その後、俺は実際に現場を見て回った。
作業員たちに声をかけ、話を聞いた。
みな、最初は警戒していたが、
俺が本当に話を聞こうとしていると分かると、
少しずつ本音を話してくれた。
「正直、もう限界です」
若い作業員の一人が言った。
「毎日終電まで働いて、休日も出勤。
それでも、本社からは『まだ足りない』と言われる。
給料も上がらないし、正直、転職を考えてます」
「そうなんだ……」
「でも、ここにいる人たちは、みんないい人なんです。
佐藤工場長も、現場のことを本当に考えてくれる。
だから、辞めたくない気持ちもあるんですけど……」
俺は、その言葉が胸に刺さった。
真面目で、能力があって、
仲間思いの人たちが、辞めようとしている。
それは、会社の仕組みが間違っているからだ。
## 第四章 役員会議
工場から戻った翌日、初めての役員会議があった。
重厚な会議室に、役員たちが集まっていた。
父を含めて、十人ほど。
みな五十代以上の男たちだ。
「おはようございます」
俺が挨拶すると、微妙な反応が返ってきた。
「おはよう、健」
父が言った。
「さて、今日は第二四半期の業績報告だ。
まず営業部から」
山崎部長が立ち上がり、
プロジェクターを使って説明を始めた。
グラフと数字が次々と映し出される。
「今期の売上は、前年比でマイナス三パーセント。
特に、自動車業界向けの部品販売が……」
俺は話を聞きながら、違和感を覚えた。
数字の話ばかりで、人の話が一切出てこない。
「質問いいですか」
俺は手を挙げた。
会議室が静まり返った。
「何だ、健」
父が言った。
「この売上減少の原因は、何なんですか」
「それは、市場の縮小と競合他社の……」
「じゃなくて」
俺は山崎の説明を遮った。
「工場の人手不足とか、納期の問題とか、
そういうのは関係ないんですか」
山崎の顔色が変わった。
「それは……工場の効率化の問題であって……」
「でも、工場の人たちは限界まで働いてますよ。
これ以上効率化なんてできないと思うんですけど」
「健」
父が低い声で言った。
「役員会議で、そういう話は不適切だ」
「なぜですか」
「工場の運営については、別の会議で議論すべきだ」
「でも、工場が動かなければ、
売上も上がらないですよね」
会議室に緊張が走った。
「健、君は工場を一度見ただけで、
何が分かるんだ」
叔父の一人が、冷たい声で言った。
「私たちは、何十年もこの業界にいるんだ。
君の浅はかな意見など、聞く価値もない」
俺は、その言葉にカチンと来た。
だが、ここで感情的になっても意味がない。
「確かに、俺は素人です。
でも、だからこそ見えることもあると思います」
「例えば?」
「例えば、この会議。数字の話ばかりで、
人の話が全く出てこない。
でも、会社を動かしてるのは人ですよね。
その人たちが疲弊していたら、
数字だって良くならないと思うんですけど」
しばらく沈黙が続いた。
「……一理ある」
意外なことに、
それまで黙っていた役員の一人が口を開いた。
専務の吉村という男だ。
六十代半ばで、穏やかな雰囲気を持っている。
「私も、最近の現場の疲弊は気になっていた。
もう少し、人の面にも目を向けるべきかもしれない」
「吉村さん……」
父が困惑した表情を浮かべた。
「ただし」
吉村は俺を見た。
「君の意見を取り入れるなら、
君にも責任を取ってもらう。
具体的な改善策を示してもらおう」
「分かりました」
俺は頷いた。
会議は、その後も続いたが、
俺の頭の中は別のことでいっぱいだった。
具体的な改善策――
それを考えなければならない。
## 第五章 改革の始まり
その夜、俺はアパートの部屋で、
ノートパソコンに向かっていた。
フリーター時代に培った様々な知識と
経験を総動員して、改善策を考える。
まず、問題点を整理した。
一、現場の人手不足と過重労働
二、本社と現場のコミュニケーション不足
三、真面目な社員が評価されない人事制度
四、出世欲だけで動く管理職
これらを解決するには――
俺は、一つのアイデアを思いついた。
翌日、俺は田中を呼んだ。
「田中さん、お願いがあります」
「何でしょうか」
「社内公募制度を作りたいんです」
「社内公募?」
「はい。全社員に対して、
『会社をより良くするアイデア』を募集します。
いいアイデアには、報奨金を出す。
そして、
そのアイデアを実際に実行する権限も与える」
田中は目を丸くした。
「それは……前例のないことですが……」
「だからいいんです。
今までと同じことをやっていても、何も変わらない」
「しかし、役員会の承認が……」
「次の役員会で提案します。
田中さんには、
制度の詳細を詰めるのを手伝ってほしいんです」
田中はしばらく考え込んでいたが、
やがて小さく笑った。
「面白いかもしれませんね。やってみましょう」
その後、俺と田中は、制度の詳細を練り上げた。
応募資格は全社員。
正社員だけでなく、契約社員やパートも対象にする。
アイデアの内容は問わない。
業務改善でも、新製品の提案でも、
福利厚生の改善でも、何でもいい。
優秀なアイデアには、最大百万円の報奨金を出す。
そして、そのアイデアを実行するための
プロジェクトチームを立ち上げ、
提案者をリーダーにする。
次の役員会で、俺はこの提案をした。
「社内公募制度?」
父が怪訝な顔をした。
「そんなことをして、何になるんだ」
「社員のモチベーションが上がります。
それに、現場の声を直接聞くことができる」
「しかし、報奨金だけで百万円。予算が……」
「それで会社が良くなるなら、
安いものじゃないですか」
役員たちは、顔を見合わせた。
「私は賛成だ」
また、吉村専務が口を開いた。
「新しい試みは、必要だ。
やってみる価値はある」
結局、賛成多数で制度は承認された。
## 第六章 反応
社内公募制度が発表されると、
社内は騒然となった。
「本気なのか?」
「誰でも応募できるって……」
「でも、どうせ形だけでしょ」
社員たちの反応は様々だった。
だが、俺は本気だった。
全社員にメールを送り、制度の詳細を説明した。
そして、自分の直通メールアドレスも公開した。
「何か意見や質問があれば、直接連絡してください」
そのメッセージを見て、さらに社員たちは驚いた。
常務が、直接メールアドレスを公開するなんて、
前代未聞だ。
最初の一週間は、反応が薄かった。
応募はわずか三件。
しかも、内容は当たり障りのないものばかりだった。
「やっぱり、信用されてないんですかね」
田中が言った。
「まあ、仕方ないですよ。まだ始まったばかりだし」
俺は気にせず、工場や営業所を回り続けた。
そして、現場の社員たちと直接話をした。
「本当に、どんなアイデアでもいいんですか」
ある若手社員が聞いてきた。
「もちろん。
どんなに突飛なアイデアでも、ちゃんと見ます」
「でも、上司に怒られたりしませんか」
「俺が守ります」
その言葉に、社員の目が輝いた。
少しずつ、変化が現れ始めた。
応募が増え始めたのだ。
二週間後には、百件を超えるアイデアが集まった。
内容は本当に様々だった。
「休憩室にマッサージチェアを置いてほしい」
「作業服のデザインを変えてほしい」
「残業時間を減らすための業務フロー改善案」
「新製品のアイデア」
俺は、全てに目を通した。
そして、特に優れていると思ったアイデアを、
ピックアップした。
その中に、一つ、目を引くものがあった。
「工場と本社をリアルタイムで繋ぐ
コミュニケーションシステム」
提案者は、IT部門の若手社員、斉藤という男だった。
内容を読むと、工場の現状を
本社がリアルタイムで把握できる
システムの提案だった。
生産状況、在庫、トラブルなどを、
クラウド上で共有する。
「これ、いいな」
俺は斉藤を呼び出した。
「お呼びでしょうか」
現れたのは、
二十代後半の、少し緊張した面持ちの男だった。
「斉藤さんの提案、読みました。
素晴らしいと思います」
「本当ですか!」
斉藤の顔がぱっと明るくなった。
「実は、何度も上司に提案したんですけど、
『余計なことをするな』って却下されてたんです」
「そうなんだ……」
「でも、この制度があると聞いて、
ダメ元で応募してみたんです」
「これ、実現できますか」
「できます! 予算さえあれば、三ヶ月で作れます」
「じゃあ、やりましょう」
俺は即決した。
「え、本当ですか!?」
「本当です。プロジェクトチームを作ります。
斉藤さんがリーダーで」
斉藤は、信じられないという顔をした。
「俺が……リーダー……?」
「問題ありますか」
「いえ、でも、俺まだ入社五年目で……」
「関係ないですよ。
いいアイデアを出した人が、責任を持って実行する。
それがこの制度です」
斉藤の目に、涙が浮かんだ。
「ありがとうございます……頑張ります!」
こうして、最初のプロジェクトが動き出した。
## 第七章 抵抗
だが、全てが順調だったわけではない。
斉藤のプロジェクトが始まると、
すぐに抵抗勢力が現れた。
IT部門の部長、岩田という男だ。
「常務」
岩田は俺のオフィスに乗り込んできた。
「斉藤を使うのは、やめていただけませんか」
「なぜですか」
「彼はまだ若く、経験も浅い。
大きなプロジェクトを任せるのは時期尚早です」
「でも、彼のアイデアは優れています」
「それは認めます。
しかし、実行するのは別の話です。
私が責任を持って、別の人間にやらせます」
俺は、岩田の目を見た。
そこには、明らかな嫉妬と焦りがあった。
「岩田さん、正直に言ってください。
何が不満なんですか」
岩田の顔が紅潮した。
「……斉藤は、生意気なんです。
上司の私を飛び越えて、勝手に提案なんかして」
「制度上、何も問題ないですよ」
「しかし!」
「岩田さん」
俺は静かに言った。
「あなたは、
斉藤さんの提案を何度も却下したそうですね」
岩田が黙り込んだ。
「あのアイデアは、会社にとって有益です。
それを、『生意気だから』
という理由で潰そうとするのは、会社の損失です」
「……」
「もし、斉藤さんのプロジェクトが成功したら、
あなたの評価も上がりますよ。
優秀な部下を育てたってことで」
岩田は、しばらく黙っていたが、
やがて小さく頷いた。
「……分かりました。好きにしてください」
岩田が去った後、田中が言った。
「あの岩田が折れるとは……」
「でも、まだ油断できませんね」
実際、その後も様々な抵抗があった。
「若造が調子に乗って」
「所詮、会長の孫だから好き勝手できるだけだ」
陰口も聞こえてきた。
だが、俺は気にしなかった。
大事なのは、結果を出すことだ。
## 第八章 成果
三ヶ月後、斉藤のシステムが完成した。
「できました!」
斉藤は興奮気味に報告に来た。
「見せてください」
斉藤がデモンストレーションをしてくれた。
画面には、工場の様子がリアルタイムで表示される。
生産ライン、在庫状況、設備の稼働率
――全てが一目で分かる。
「すごい……」
俺は感嘆の声を上げた。
「ありがとうございます!
チームのみんなが頑張ってくれたおかげです」
早速、システムを本格導入した。
効果は絶大だった。
本社が工場の状況をリアルタイムで
把握できるようになり、
無理な納期を押し付けることが減った。
トラブルが起きても、
すぐに対応できるようになった。
何より、工場の社員たちの負担が減った。
「これ、めちゃくちゃ便利です!」
佐藤工場長から、感謝のメールが届いた。
「本社との連絡がスムーズになって、
無駄な会議も減りました
。柏木常務、ありがとうございます」
次の役員会で、俺はこの成果を報告した。
「斉藤のシステムにより、
工場の生産効率が十パーセント向上しました。
残業時間も、
平均で二十パーセント削減されています」
役員たちは、驚きの表情を浮かべた。
「本当か……」
父が呟いた。
「はい。詳細なデータはこちらです」
俺は資料を配布した。
「素晴らしい」
吉村専務が言った。
「この調子で、他のプロジェクトも進めてください」
他の役員たちも、渋々ながら頷いた。
社内公募制度は、成功したのだ。
## 第九章 新たな挑戦
成功を受けて、
次々と新しいプロジェクトが立ち上がった。
営業部の若手社員が提案した
「顧客の声を直接聞くシステム」。
製造部のベテラン作業員が提案した
「作業手順の見直し」。
総務部の女性社員が提案した
「育児休業制度の改善」。
どれも、これまで見過ごされてきた、
現場の声から生まれたアイデアだった。
俺は、それぞれのプロジェクトを支援した。
予算を確保し、必要な人材を集め、
障害があれば取り除いた。
時には、上層部と対立することもあった。
「健、君はやりすぎだ」
父が言った。
「このままでは、会社の秩序が乱れる」
「秩序より、成果が大事じゃないですか」
「成果だけではない。組織には、ルールがある」
「そのルールが、現場を苦しめてるんです」
父と俺の意見は、しばしば対立した。
だが、不思議と決裂することはなかった。
父も、心のどこかで、
俺のやり方を認めていたのかもしれない。
## 第十章 転機
半年が経った。
当初の試用期間が終わる頃だった。
祖父が退院した。
「じいちゃん!」
俺は病院に駆けつけた。
祖父は、少し痩せたが、元気そうだった。
「健、よくやってくれたな」
「まだまだこれからです」
「そうか……」
祖父は満足そうに笑った。
「お前に任せて、正解だった」
その夜、父から連絡があった。
「健、正式に常務として残ってくれないか」
「え?」
「試用期間は終わりだが、辞める必要はない。
お前の改革は、会社に必要だ」
父の声は、どこか寂しげだった。
「父さん……」
「私も、認めざるを得ない。
お前のやり方は、正しかった」
俺は、少し考えた。
「一つ、条件があります」
「何だ」
「俺一人じゃ、何もできません。
斉藤さんや、他のプロジェクトメンバーたちにも、
正当な評価と権限を与えてください」
「……分かった」
父は頷いた。
こうして、俺の会社員生活は続くことになった。
## 終章 これから
それから一年。
柏木グループは、大きく変わった。
社内公募制度は定着し、
毎年数百のアイデアが集まるようになった。
真面目で能力のある社員が、
正当に評価されるようになった。
離職率は減り、
若手社員のモチベーションは上がった。
業績も、徐々に回復し始めた。
「柏木常務のおかげです」
社員たちは、そう言ってくれる。
だが、俺は知っている。
これは、俺一人の力じゃない。
斉藤や、佐藤工場長や、
名前も知らない多くの社員たちが、
それぞれの場所で頑張ってくれた結果だ。
「まだまだ、やることはたくさんある」
俺は窓の外を見ながら、呟いた。
日本人は、世界でも稀に見るほど
真面目で、誠実で、勤勉だ。
その良さを活かせる会社を作りたい。
大企業の欧米的な効率主義だけじゃなく、
日本の「人を大切にする」文化を取り戻したい。
企業のつくったモノは人に売るモノだ。
その人を大切にしなければモノは売れない
自社の社員は自社のモノを好きでいてくれる
非常に大切な人だ。
その人達を大切にしないで
お客さんを大切に出来るわけがない。
真面目で努力を怠らない人は
何にも代えられない特別な宝なのだ。
俺は、仕方なく乗った船だった。
だが、今は違う。
この船を、みんなが笑顔で働ける場所にしたい。
そう、心から思っている。
「さて、次は何をしようかな」
俺は、新しい企画書を開いた。
改革は、まだ始まったばかりだ。
(完)