# 親友の死
## 第一章 ヘクトルの決意
城壁の上で、ヘクトルは軍を再編成していた。
「あれは、アキレウスではない」
彼の言葉に、兵士たちがざわめいた。
「ですが、総大将……あの鎧は」
「鎧だけだ」
ヘクトルが断言した。
「動きが違う。アキレウスなら、
もっと速く、もっと強い」
彼は、アポロンの囁きを思い出していた。
「あれは、ただの人間だ」
ならば——
「全軍、再び出撃する!」
ヘクトルの声が、トロイア軍を奮い立たせた。
「我らが守るべきは、この城だ!この国だ!
恐れるな!」
城門が開いた。
そして、ヘクトルを先頭に、
トロイア軍が再び平原に展開した。
## 第二章 馬車の激突
パトロクロスは、追撃を続けていた。
アキレウスの忠告は、
もはや頭の片隅に追いやられている。
「もう少しで城壁だ!」
その時——
正面から、別の馬車が突進してきた。
ヘクトルだ。
御者のケブリオネスが手綱を握り、
ヘクトルは槍を構えている。
二台の馬車が激突——する直前、すれ違った。
パトロクロスの槍が、ケブリオネスを掠めた。
「うわあ!」
御者が、馬車から転がり落ちた。
「ケブリオネス!」
ヘクトルが叫んだ。馬車を止め、飛び降りる。
彼は部下を
——いや、弟を——見捨てることができなかった。
ケブリオネスは、プリアモスの息子の一人なのだ。
パトロクロスも、馬車を降りた。
二人の英雄が、地上で対峙した。
「来い!」
ヘクトルが槍を構えた。
「望むところだ!」
パトロクロスが答えた。
## 第三章 神の介入
二人が激突した。
槍と槍が交錯する。
パトロクロスは強かった。
アキレウスの親友として、長年共に訓練してきた戦士。
その実力は、決して侮れるものではない。
ヘクトルも、トロイア最強の戦士として、
一歩も引かない。
だが——
戦いは、互角だった。
そして、それが問題だった。
もしパトロクロスが本当にアキレウスなら、
ヘクトルはとうに押されていたはずだ。
その時——
眩い光。
アポロンが、姿を現した。
いや、戦場の兵士たちには見えない。
だが、その力は確実に働いた。
パトロクロスの兜が、突然外れた。
「何!」
槍が、手から滑り落ちる。
「これは……」
パトロクロスが混乱する。
神の力が、彼の装備を無効化したのだ。
その隙——
「今だ!」
トロイアの兵士が、背後から斬りかかった。
剣が、パトロクロスの背中を裂く。
「ぐあっ!」
パトロクロスが膝をついた。
ヘクトルは、一瞬躊躇した。だが——
「許せ!」
彼の槍が、パトロクロスの胸を貫いた。
## 第四章 正体の露見
パトロクロスが倒れた。
兜が外れた顔を、ヘクトルが見下ろす。
「これは……アキレウスではない!」
「パトロクロスだ!」誰かが叫んだ。
「アキレウスの副官!」
トロイア軍に、どよめきが広がった。
ヘクトルは、複雑な表情で倒れた敵を見つめた。
「勇敢な男だった」
彼は、パトロクロスの鎧に手をかけた。
「だが、これは戴く」
黄金の鎧。神々が作った、完璧な防具。
「総大将!遺体を!」
「奪え!ギリシャに返すな!」
トロイア軍が、パトロクロスの遺体に殺到した。
## 第五章 遺体の争奪
「パトロクロスが!」
ギリシャ軍に衝撃が走った。
「遺体を取り戻せ!」
大アイアスが叫んだ。
メネラオスと共に、彼はトロイア軍に突進した。
「どけ!」
アイアスの巨体が、トロイアの兵士たちを薙ぎ払う。
メネラオスが、パトロクロスの遺体に手を伸ばす——
だが、トロイア軍の数が多すぎる。
「押し返せ!」
そして——
新たな黄金の輝きが現れた。
ヘクトルだ。
彼は、パトロクロスから奪った鎧を身につけていた。
「何と……」
アイアスが呻いた。
「あの鎧を着たヘクトルなど、誰が止められる!」
戦況は、再び不利に傾いた。
「アンティロコス!」
アイアスが叫んだ。
ネストルの息子が振り返る。
「走れ!アキレウスに伝えろ!パトロクロスが死んだと!」
「了解!」
アンティロコスが、戦場を離脱した。
アイアスとメネラオスは、必死に遺体を守った。
だが、トロイア軍に押され、どんどん後退していく。
城壁から、海岸へ。
海岸から、船の陣地へ。
「もう少しだ!耐えろ!」
## 第六章 悲報
アキレウスの船。
彼は、甲板で立ち尽くしていた。
戦場の音が聞こえる。
だが、パトロクロスの姿が見えない。
「遅い……」
不安が、胸に広がる。
その時——
息を切らして、アンティロコスが駆けてきた。
「アキレウス様!」
「何だ?パトロクロスは?」
アンティロコスは、言葉に詰まった。
「言え!」アキレウスが掴みかかった。
「パトロクロスが……」
「何?」
「戦死しました……」
世界が、止まった。
「嘘だ……」
「ヘクトルに……殺されました……」
アキレウスの手から、力が抜けた。
「そんな……」
彼は、その場に崩れ落ちた。
「パトロクロス……パトロクロス!」
絶叫。
アキレウスが、頭を抱えて叫んだ。
「俺の、俺の親友が……!」
彼は、腰の短剣に手をかけた。
「ならば、俺も……」
「やめろ!」
アンティロコスが、必死に止める。
だが、アキレウスの悲しみは、あまりにも深かった。
彼は、地に頭を打ちつけた。
「許せ、パトロクロス!
俺のせいだ!俺が行くべきだった!」
涙が、止まらない。
最強の戦士が、子供のように泣いた。
## 第七章 母の慰め
海の中から、一つの姿が現れた。
テティス。
海の女神にして、アキレウスの母。
「息子よ……」
彼女は、泣き崩れるアキレウスを抱きしめた。
「母上……」
「聞こえていた。あなたの叫びが、海の底まで」
テティスは、優しく息子の髪を撫でた。
「パトロクロスは、勇敢だった。
あなたのために戦った」
「だから、辛いんです……」
「泣きなさい。泣いて、そして——」
テティスは、息子の顔を上げさせた。
「立ち上がりなさい」
「……復讐を?」
「あなたが望むなら」
アキレウスの目に、炎が灯った。
「ヘクトル……」
彼は立ち上がった。
「ヘクトルを殺す。パトロクロスの仇を取る!」
テティスは、悲しげに微笑んだ。
「ならば、新しい鎧が必要ね。
あの鎧は、奪われたのだから」
「ですが……」
「待っていなさい。明日の朝までに、用意する」
テティスは、海に消えた。
## 第八章 鍛冶神の仕事場
オリュンポス。
ヘファイストの工房に、テティスが現れた。
「テティス様!」
炎と鍛冶の神は、驚いた。
「お願いがあります」
「何でしょう?」
「息子に、新しい鎧を作ってください。
前のものより、もっと強く、もっと美しいものを」
ヘファイストは、テティスを見た。
彼女は美しかった。
そして、かつて彼は彼女に恋をしていた。
「……分かりました」
彼は、工房の奥に入った。
金属を選び、炉に火を入れ、ハンマーを握る。
一晩中、ヘファイストは働いた。
神の技術。
神の力。
神の芸術。
そのすべてを注ぎ込んで——
## エピローグ
明け方。
アキレウスの船に、テティスが現れた。
彼女の手には、新しい鎧があった。
それは、美しかった。
以前の黄金の鎧よりも、さらに輝いている。
胸当てには、世界の全てが描かれている。
都市、戦争、平和、海、空、そして星々——
「これを」
アキレウスが、鎧を受け取った。
身につけると、完璧に fit した。
「ありがとう、母上」
「行きなさい」
テティスが囁いた。
「でも、覚えておいて。
ヘクトルを殺せば、あなたもすぐに死ぬ。
予言は、そう告げている」
「構いません」
アキレウスの目には、もはや迷いはなかった。
「パトロクロスの仇を取る。それだけです」
彼は、新しい鎧を纏い、槍を手に取った。
そして、戦場へと向かった。
復讐の炎を、その胸に宿して。
**——親友の死は、英雄を変える。
慈悲は消え、残るのは怒りだけ。
そして、その怒りは、やがて運命を成就させる——**
(終)