# 黄金の幻影

## 第一章 英雄の帰還

「あれは!」

トロイア軍の兵士が叫んだ。

戦場に、黄金の輝きが現れた。

黄金の鎧。
黄金の兜。
二頭の神馬が引く馬車。

そして、その後ろには——ミュルミドンの軍団。

「アキレウスだ!」

「アキレウスが戻ってきた!」

恐怖が、トロイア軍に広がった。

あの不死身の戦士。
神々の鎧を纏い、神馬を駆る英雄。
彼の前では、どんな勇者も無力だった。

「退け!退却だ!」

誰かが叫んだ。

それは、統率された撤退ではなかった。
恐怖に駆られた、敗走だった。

トロイア軍が、潮が引くように城壁へと後退していく。

「待て!落ち着け!」

ヘクトルが叫んだ。
だが、兵士たちの耳には届かない。

アキレウス——その名前だけで、彼らは震え上がった。

## 第二章 反撃の開始

「今だ!」

オデュッセウスが叫んだ。
傷を押して、彼は立ち上がった。

「攻勢に出ろ!トロイア軍を押し返せ!」

ギリシャ連合軍が、雄叫びを上げた。

つい先ほどまで、船に追い詰められていた彼らが、
今度は追う側になった。

大アイアスが、その巨体を揺らしながら前進する。

「兄者!」

弟のテウクロスが、弓を引き絞った。
矢が、逃げるトロイア兵の背中に突き刺さる。

「行くぞ!」

メネラオスも、傷を無視して剣を振るった。
十年間待ち続けた復讐の念が、彼を駆り立てる。

「父上!」

ネストルの息子、
アンティロコスとトラシュメデスが叫んだ。

二人の若き戦士は、長老の息子として、
そして一人の戦士として、勇敢に戦った。

「よくやっている!」

ネストルが、息子たちの奮闘を見守った。

戦場の流れが、完全に逆転していた。

## 第三章 追撃

パトロクロスは、馬車を走らせた。

クサントスとバリオスが、風のように駆ける。
この二頭の神馬は、
本来の主人ではないことを知っているのだろうか。
だが、彼らは忠実に、パトロクロスの命令に従った。

「逃がすな!」

ミュルミドンが、一糸乱れぬ隊形で追撃する。

エウドロス、メネスティオス、ペイサンドロス
——三人の指揮官が、それぞれの部隊を率いて、
トロイア軍を追い詰めた。

「アキレウス様!」

ある兵士が叫んだ。
パトロクロスは答えない。
いや、答えられない。
声で、正体がバレる。

だが、鎧と兜が、完璧な変装を提供していた。

トロイア軍は、城壁へ、城壁へと逃げていく。

そして——

ヘクトルでさえ、
この猛攻の前に退却を余儀なくされた。

「くっ……」

トロイア最強の戦士が、歯噛みする。
だが、アキレウス
——いや、アキレウスだと思われる戦士
——の前では、数的不利が大きすぎた。

「総大将!城内へ!」

部下たちが、ヘクトルを守りながら後退する。

パトロクロスは、勝利の高揚に酔っていた。

アキレウスの忠告が、頭をかすめた。

「防衛に徹しろ。決して、攻め込んではならない」

だが——

目の前で逃げるトロイア軍。
手の中にある勝利。

「もう少しだけ……」

パトロクロスは、追撃を続けた。

## 第四章 サルペドンの勇気

城壁の手前。

一人の男が、馬車の前に立ちはだかった。

「ここまでだ、アキレウス!」

サルペドン。
リュキア軍を率いる指揮官。
そして——ゼウスとエウロパの息子。
半神半人の英雄。

彼の隣には、副官グラウコスが立っている。

「サルペドン様!相手はアキレウスです!」

「知っている」
サルペドンが微笑んだ。

「だが、逃げるわけにはいかない」

彼は槍を構えた。

「私は、リュキア軍の誇りを背負っている。
そして——」

彼の目が、真剣になった。

「友を見捨てて逃げるなど、できぬ!」

パトロクロスは、馬車を止めた。

この男——サルペドン——からは、
他の兵士とは違う何かを感じる。

「どけ」
パトロクロスが言った。

「断る」

二人が激突した。

サルペドンの槍が、パトロクロスの盾を打つ。
だが、アキレウスの装備は、神々が作ったもの。
容易くは破れない。

パトロクロスの槍が、反撃する。

サルペドンが躱す。
だが——

二度目の攻撃は、躱せなかった。

槍が、サルペドンの胸を貫いた。

「サルペドン様!」

グラウコスが叫んだ。

サルペドンが、膝をついた。

「グラウコス……」
彼が血を吐きながら言った。

「私の……遺体を……守れ……」

「はい!」

サルペドンが倒れた。

## 第五章 遺体の争奪

「サルペドンの遺体だ!」

トロイア軍が叫んだ。

「奪還しろ!」

ヘクトルが命令を下す。

一方、ギリシャ軍も——

「あの鎧を剥げ!半神の装備だぞ!」

両軍が、サルペドンの遺体を巡って激突した。

槍と剣が交錯する。
盾が打ち合わされる。
血が飛び散る。

パトロクロスとミュルミドンが、遺体を守る
——いや、奪う——ために戦った。

グラウコスとリュキア軍が、
必死に遺体を取り戻そうとする。

だが、数と勢いで、ギリシャ軍が勝った。

「やった!」

ギリシャの兵士たちが、サルペドンの鎧を剥ぎ取った。

美しい鎧。
半神にふさわしい、神々の技が込められた装備。

「戦利品だ!」

彼らは歓声を上げた。

## 第六章 父の悲しみ

オリュンポス。

ゼウスは、玉座から戦場を見下ろしていた。

その目には、涙が浮かんでいた。

「サルペドン……」

彼の息子。愛する息子が、戦場に倒れている。

鎧を剥がれ、辱められようとしている。

ゼウスの妻ヘラが、冷たく言った。

「息子を失うのは、あなただけではありませんよ」

「分かっている……」

ゼウスは、他の神々を見た。
多くの神々が、人間との間に子供を作っている。
その子供たちが、この戦争で死んでいく。

だが——

「せめて、遺体だけは……」

ゼウスは、アポロンを呼んだ。

「行け。サルペドンの遺体を回収しろ。
そして、リュキアに送り届けよ」

「御意」

アポロンが戦場に降り立った。

光が、サルペドンの遺体を包んだ。

「何だ!」

ギリシャの兵士たちが驚く。

光が消えた時、遺体は消えていた。

## 第七章 英雄の葬送

リュキア。

サルペドンの遺体が、故郷に戻ってきた。

アポロンの力により、遺体は清められ、
傷一つない姿に戻っていた。

「王子様……」

リュキアの民が、泣いた。

「サルペドン様……」

盛大な葬儀が執り行われた。

薪が積まれ、遺体が安置され、火が灯された。

炎が、英雄を天に送る。

「あなたは、勇敢でした」

老臣が語った。

「あなたは、友を見捨てませんでした」

民が泣いた。

「あなたは、真の英雄でした」

煙が、空高く昇っていく。

そして、サルペドンの魂は、
父ゼウスのもとへと帰っていった。

## エピローグ

戦場。

パトロクロスは、勝利の高揚に酔っていた。

「勝った!俺たちが勝った!」

ミュルミドンが歓声を上げる。

だが、城壁の上から、誰かが彼を見下ろしていた。

ヘクトル。

そして——アポロン。

「あれは、アキレウスではない」

ヘクトルが呟いた。

「気づいたか」
アポロンが囁いた。

「あれは、ただの人間だ」

「ならば……」

ヘクトルの目が、光った。

「殺せる」

運命の歯車が、最後の一回転を始めようとしていた。

**——勝利の高揚は、しばしば死の前触れである。
そして、約束を破った者には、代償が待っている——**

(終)