# 代理の戦士

## 第一章 船上の籠城

夜明けと共に、トロイア軍の雄叫びが響いた。

「押せ!船まで追い詰めろ!」

ヘクトルの声が戦場を震わせる。

ギリシャ連合軍は、
もはや船の周辺まで追い詰められていた。
かつて誇らしげに並んでいた陣地は、
今や焼け焦げた廃墟と化している。

「盾を!盾を固めろ!」

オデュッセウスが叫ぶ。
だが、彼の腕には包帯が巻かれていた。
昨日の戦闘で負った傷だ。

ディオメデスも、足を引きずっている。

そして総大将アガメムノンは、
肩の傷が悪化し、満足に剣を振るえない。

「このままでは……」

大アイアスが、巨大な盾を構えながら呟いた。

「持ちこたえるしかない!」

船という最後の砦。
ここが破られれば、全軍の壊滅だ。

## 第二章 二人の巨人

「ヘクトル!」

大アイアスの声が、戦場に響いた。

「戦え!」

トロイア軍総大将が、振り返った。

「アイアスか。良かろう!」

二人の巨人が、戦場の中央で対峙した。

ヘクトルは、トロイア最強の戦士。
その剣技は、神々すら認めるほど。

大アイアスは、ギリシャ最強の四将の一人。
その巨体と怪力は、誰もが恐れるもの。

剣と剣が激突する。

火花が散る。

だが——

大アイアスの力が、いつもより強い。

「何?」
ヘクトルが驚いた。

実は、海の底から、ポセイドンが手を貸していた。
ギリシャ軍の劣勢を見かねた海神が、
密かに力を与えているのだ。

「押せ!」

大アイアスの剣が、ヘクトルの胸当てを砕いた。

ヘクトルが倒れる。血が流れる。

「総大将!」

トロイア軍が悲鳴を上げた。

## 第三章 神々の介入

オリュンポス。

玉座に座るゼウスが、戦場を見下ろしていた。

「ポセイドン……」

彼は虹の女神イリスを呼んだ。

「行け。ポセイドンに、手を引くように伝えよ」

イリスが七色の光となって降下し、
海中のポセイドンの前に現れた。

「ゼウス様のご命令です。
戦争への介入を止めよ、と」

ポセイドンは舌打ちした。

「兄は、いつもトロイアの味方だ……」

だが、神々の王の命令には逆らえない。
彼は手を引いた。

次に、ゼウスはアポロンを呼んだ。

「ヘクトルを治療せよ」

「御意」

アポロンが戦場に降り立った。
光の神の手が、ヘクトルの傷に触れる。

すると、みるみるうちに傷が塞がっていく。

「これは……」
ヘクトルが驚愕した。

「立て、英雄」
アポロンが囁いた。

「まだ、お前の戦いは終わっていない」

ヘクトルが立ち上がった。

その姿を見て、トロイア軍が歓声を上げる。

「総大将が復活した!」

「神の奇跡だ!」

そして、戦いは再び激化した。

## 第四章 弓矢の雨

「近接戦は危険だ」

パリスは、前日の屈辱を思い出していた。
メネラオスに追い詰められ、
母アフロディテに救われた恥辱。

「ならば、遠くから射る」

彼は弓の名手だった。
その腕前は、師パンダロスにも引けを取らない。

パリスは高台に陣取り、次々と矢を放った。

そして、一本の矢が——

「ぐあっ!」

マカオンが倒れた。

「軍医長!」

兵士たちが駆け寄る。
だが、マカオンの肩には矢が深々と刺さっていた。

「誰か!誰か助けを!」

その時、一台の馬車が突進してきた。

御者は、白髪の老人——ネストル。

「乗せろ!」

彼は自ら馬車を降り、マカオンを抱え上げた。

「長老、危険です!」

「構わん!軍医を失えば、軍全体が崩壊する!」

ネストルの馬車が、
矢の雨をかいくぐって後方へと走った。

## 第五章 船外の目撃者

アキレウスの船。

彼は、甲板で寝そべっていた。
戦場の音は聞こえるが、関係ない。
もう、自分の戦いではない。

だが、ふと視線を向けた時——

馬車が、負傷者を乗せて走っていくのが見えた。

「あれは……」

アキレウスが立ち上がった。

「パトロクロス!」

彼の親友が現れた。

「何だ?」

「あの馬車に乗っていた負傷者が誰か、
確認してきてくれ」

「分かった」

パトロクロスは、素早く船を降りた。

## 第六章 長老の説得

ネストルの船。

マカオンは横たわり、
弟のポダレイリオスが治療にあたっていた。

「兄者……大丈夫か……」

「ああ……だが、しばらく戦えん……」

そこへ、パトロクロスが駆け込んできた。

「負傷者は!」

「マカオンだ」
ネストルが答えた。

「軍医長が倒れた。これは、由々しき事態だぞ」

「報告します」
パトロクロスが去ろうとすると——

「待て」

ネストルが、彼の腕を掴んだ。

「パトロクロス。戦場を見たか?」

「……はい」

「アガメムノン、オデュッセウス、ディオメデス、
そしてマカオン。主要な指揮官が、皆負傷している」

ネストルの目が、真剣だった。

「船も、何艘か焼かれた。このままでは、全滅だ」

「ですが、私は——」

「アキレウスを説得してくれ」
ネストルが頭を下げた。

「頼む。お前は、あの男の唯一の友ではないか」

パトロクロスは、言葉に詰まった。

「……やってみます」

## 第七章 黄金の鎧

アキレウスの船に戻ったパトロクロスは、報告した。

「マカオンが負傷しました。そして——」

彼は、戦場の惨状を語った。

アガメムノン、オデュッセウス、
ディオメデス、マカオン。
皆、負傷している。
船も焼かれている。

アキレウスは、黙って聞いていた。

「……そうか」

長い沈黙。

そして、アキレウスが立ち上がった。

「パトロクロス」

「何だ?」

「お前が行け」

「え?」

アキレウスは、自分の黄金の鎧を取り出した。

「これを着ろ。俺の馬車を使え。
ミュルミドンを率いることを許す」

パトロクロスの目が見開かれた。

「本当か!」

「ああ」アキレウスは頷いた。「だが——」

彼は、親友の肩を掴んだ。

「いいか。防衛に徹しろ。
決して、攻め込んではならない」

「分かっている」

「トロイアの城壁まで追いかけたりするな。
船を守ることだけを考えろ」

「分かった」

「約束だぞ、パトロクロス」

アキレウスの目が、真剣だった。

「お前は、俺の唯一の友だ。失いたくない」

「心配するな」
パトロクロスが笑った。

「すぐに戻ってくる」

彼は黄金の鎧を身に着けた。

兜を被ると、まるで——

アキレウスそのものに見えた。

「ミュルミドン!」パトロクロスが叫んだ。

蟻の子孫たちが、整列した。

「出陣する!」

馬車に乗り込む。
二頭の神馬——クサントスとバリオス——が、
久しぶりの出陣に興奮している。

「行け!」

馬車が走り出した。

アキレウスは、それを見送った。

「……頼むぞ、パトロクロス」

彼の胸に、初めて不安がよぎった。

だが、もう遅い。

黄金の鎧を纏った戦士は、戦場へと向かっていた。

そして、運命の歯車が——

また一つ、回った。

**——親友への信頼。それは美しい。
だが、戦場では、どんな約束も、容易く破られる——**

(終)