# 集結する英雄たち

## 第一章 二年の準備

アウリスの港は、
かつてない規模の軍勢で埋め尽くされていた。

二年。

ギリシャ連合軍が完全に編成されるまでに、
それだけの月日を要した。

港には千隻を超える船が並び、
その数は今も増え続けている。
各地から集まる兵士たち。
武器を磨く音、

馬のいななき、

指揮官たちの怒号。
すべてが混然一体となって、
巨大な戦争の機械を形作っていた。

総大将の天幕で、
ミュケナイ王アガメムノンは地図を見つめていた。

「ようやく、ここまで来たか」

彼の隣には、
副将に任命されたイタケ王が立っている。

最強の四将の一人オデュッセウス。
その知略は、すでにギリシャ中に知れ渡っていた。

「総大将」
オデュッセウスが静かに言った。

「問題は、これからです。
これだけの軍勢をまとめ、トロイアまで運び、
そして戦わせる。容易なことではありません」

「だから貴様を副将にしたのだ」
アガメムノンが不敵に笑った。

天幕の外から、若々しい声が聞こえてくる。

「それは俺の艦隊だ!勝手に配置を変えるな!」

アキレウスだ。
プティア王子にして、艦隊司令官。
そして、最強の四将の中でも、最も恐れられる戦士。

「若いな」
アガメムノンが呟いた。

「ですが、彼なしにこの戦争は勝てません」
オデュッセウスが応じた。

「カルカスの予言を忘れてはいません」

## 第二章 四将と勇者たち

港の一角に、特別な区画があった。

そこには、四つの軍団が陣取っている。
ギリシャ連合軍最強の四将が率いる、精鋭中の精鋭。

**第一軍団——アキレウス隊**

黄金の鎧を纏った若き英雄の周りには、
異様な雰囲気の兵士たちが整列していた。
ミュルミドン人。元は蟻だった者たちの子孫。

「エウドロス、メネスティオス、ペイサンドロス」

アキレウスが三人の指揮官を呼ぶ。
彼らはミュルミドンの中でも特に優秀な戦士たちだ。

「配置は理解したな?」

「はっ!」

三人の返事は、機械のように正確だった。

アキレウスの隣には、一人の青年が立っている。
パトロクロス。
幼馴染にして親友。
アキレウスの副官を務める彼は、
アキレウスほどではないが、優れた戦士だった。

「お前たちは、俺が死んだらパトロクロスに従え」
アキレウスが言った。

「縁起でもないことを言うな」
パトロクロスが苦笑した。

少し離れた場所に、老人が立っていた。
ドロプス王ポイニクス。
アキレウスの育ての親。
彼は複雑な表情で、かつての教え子を見つめていた。

「立派になったな、アキレウス」

だが、その目には悲しみが宿っていた。
この戦争で、教え子は死ぬかもしれない。

**第二軍団——オデュッセウス隊**

イタケの兵士たちは、他の軍団ほど派手ではなかった。
だが、その統率は完璧だった。

オデュッセウスの指揮のもと、
彼らは無駄な動きを一切しない。
まるで一つの生き物のように動く。

**第三軍団——ディオメデス隊**

アカイア軍を率いるディオメデスは、
アルゴ船の英雄の一人だった。
その隣には、同じくアルゴ船の英雄
ステネロスが立っている。

「久しぶりの大仕事だな」
ステネロスが笑った。

「ああ」
ディオメデスが頷いた。

「だが、今度の敵は怪物ではない。人間だ」

**第四軍団——大アイアス隊**

サラミス王子、大アイアス。
巨漢の彼は、まるで城壁のようにそびえ立っていた。
その隣には、弟のテウクロスがいる。
弓と近接戦の名手である彼は、
兄とは対照的に細身だった。

「兄者、準備は整いました」

「うむ」
大アイアスが頷いた。

その声は、地を震わすようだった。

## 第三章 諸国の英雄たち

四将以外にも、
各地から名だたる英雄たちが集まっていた。

スパルタ王メネラオスは、妻を奪われた男として、
誰よりも戦意に燃えていた。

「必ず、ヘレネを取り戻す」

彼の目には、炎が宿っていた。

ピュロス王ネストルは、軍の最長老として、
若い戦士たちに助言を与えていた。
その息子アンティロコスとトラシュメデスも、
優れた戦士として知られている。

「戦争は、勇気だけでは勝てぬ」
ネストルが語る。

「知恵が必要だ。そして、何より——」

彼は空を見上げた。

「運がな」

ロクリス王、小アイアスは、
大アイアスと区別するためにそう呼ばれていた。
だが、その実力は本物だ。

オルコメノスからは、二人の王が参加していた。
アスカラポスとイアルメノス。
珍しく国王が二人いる国だ。

ボイオティア軍からは、五人の指揮官が来ていた。
ペネレオス、アルケシラオス、
その兄弟プロトエノル、レイトス、クロニオス。
彼らの軍は、数では劣るが、団結力に優れていた。

コース島からは、
ヘラクレスの孫アンティポスと
その兄弟ペイディッポスが。

クレタ王子イドメネウス、
レムノス王エウネオス、
ペライ王子エウメロス——

名を挙げればきりがない。

だが、特に注目を集めている者たちがいた。

**軍医長マカオンとポダレイリオス兄弟**

トリッケー軍の指揮官でもある彼らは、
医術の天才だった。マカオンは外科、
ポダレイリオスは内科を専門とする。

「戦場では、我々の腕が試される」
マカオンが言った。

「多くの命を救わねばならん」
ポダレイリオスが頷いた。

**木馬の建造者エペイオス**

キュクラデス諸島軍を率いる彼は、
拳闘家としても知られていたが、
何より優れた工匠だった。

「いつか、俺の技術が、
この戦争を終わらせるかもしれんな」

彼は、まだ誰も知らない
「木馬」の構想を、心の中で温めていた。

**弓の名手ピロクテテス**

オリゾン軍を率いる彼は、ヘラクレスから直接、
弓を受け継いだ勇者だった。
だが、運命の悪戯により、
彼はまもなく戦場を離れることになる。

そして——

**三人の乙女**

デロス島から来た彼女たちは、兵站を担当していた。

一人は何でも葡萄酒に変えられる。
一人は何でも穀物に変えられる。
一人は何でもオリーブに変えられる。

魔法の力を持つ彼女たちがいる限り、
ギリシャ軍の補給は尽きない。

「神々の加護か」
オデュッセウスが呟いた。

「だが、敵にも神々がついている」

## 第四章 トロイアの城壁

一方、トロイア。

難攻不落と言われる城壁の上で、
一人の男が海を見つめていた。

ヘクトル。
プリアモス王の息子にして、トロイア軍総大将。

「来るか、ギリシャ軍」

彼の隣には、弟のデイポポスが立っている。

「兄上、準備は整っています」

「うむ」

ヘクトルの目は、哀しげだった。

この戦争は、弟パリスが引き起こした。
メネラオスの妻ヘレネを奪ったことから、
すべてが始まった。

だが、始まってしまった以上、戦うしかない。

トロイアには、多くの英雄がいた。

**実力No.2のアイネイアス**

プリアモスの従兄弟の息子。
母は美の女神アフロディテ。
妻はプリアモスの娘クレウサ。
彼の実力は、ヘクトルに次ぐと言われていた。

**双子の預言者ヘレノスと巫女カサンドラ**

ヘレノスは未来を見通し、
カサンドラは呪われた預言者として、
誰にも信じられない真実を語り続ける。

**多くの王子たち**

パムモン、ポリテス、アンティポス、
ヒッポノオス、トロイトス——

プリアモスには、五十人の息子がいた。
正妻ヘカベの子供たちだけでも、十数人。
他の妻や妾の子供を含めれば、その数は膨大だった。

リュカオン、ポリュドロス、ゴルギュティオン——

そして、神官ラオコーン。
彼は後に、恐るべき預言をすることになる。

**老臣たち**

プリアモスの兄弟である
クリュティオス、ヒケタオン、ラムポス。

そして老臣パントオスとその息子たち
——ヒュペレノル、プリュダマス、エウポルポス。

**アンテノル一族**

特に注目すべきは、老臣アンテノルと
その多くの息子たちだった。

アゲノル、ポリュボス、ラオドコス、
優れた戦術家アルケロコス、
トラキア軍指揮官アカマス、グラウコス、
ヘリカオン、コオン、
トラキア軍指揮官イピダマス——

そして妾の子ペダイオス。

「アンテノル殿の一族だけで、一軍団を作れるな」
デイポポスが苦笑した。

「彼らは皆、優秀だ」
ヘクトルが認めた。

「特にアルケロコスとイピダマスは」

## 第五章 援軍の到来

だが、トロイアの真の強みは、援軍にあった。

**ゼレイア王子パンダロス**

弓の名手。
彼の矢は、決して外れないと言われていた。

**アマゾンの女王ペンテシレイア**

女戦士たちを率いる彼女の到来は、
トロイア軍の士気を大いに高めた。

**エチオピアのメムノン王子**

その武勇は、アキレウスに匹敵すると噂されていた。

**ミューシアとケテイアの指揮官エウリュピュロス**

ヘラクレスの孫。
その血統は、彼に超人的な力を与えていた。

**プリュギア王子アシオス**

ヘカベの兄弟。
親戚としての義理を果たすために参戦した。

**パフラゴニア王ピュライメネス**

**パイオニア王ピュライクメス**

そしてその将軍アステロパイオス。
パイオニア軍最強の戦士。

**トラキア王レソス**

その軍勢は、白い馬に乗り、
まるで雪のようだと言われた。

**リュキア軍指揮官サルペドン**

ゼウスとエウロパの息子。
半神半人の彼は、不死に近い存在だった。

そしてその副官グラウコス。

**カベソス軍指揮官オトリュオネウス**

**イムブリオス**

プリアモスの妾の娘の夫。

「これだけの援軍があれば」
デイポポスが言った。

だが、ヘクトルは首を振った。

「数ではない。
ギリシャ軍には、四将がいる。特に——」

彼は遠くを見た。

「アキレウスが」

## 第六章 予言者の警告

その夜、
両軍のキャンプで、それぞれの預言者が同じ夢を見た。

ギリシャ側のカルカス。
トロイア側のヘレノス。

彼らは見た。

炎に包まれるトロイア。
城壁を越えて侵入する巨大な木馬。
そして、数え切れない死体。

「長い戦いになる」カルカスが呟いた。

「多くの英雄が死ぬ」ヘレノスが呟いた。

二人の預言者は、知っていた。

この戦争が、神話となって語り継がれることを。

そして、ここに集まった英雄たちの名が、
永遠に記憶されることを。

だが、それは——

栄光と共に、悲劇でもあることを。

## エピローグ

夜明け。

アウリスの港から、最初の船団が出航した。

千隻を超える船。
数万の兵士。
数え切れない英雄たち。

彼らは、トロイアへと向かう。

「始まったな」
アガメムノンが呟いた。

「ええ」
オデュッセウスが頷いた。

「十年の戦いが」

「十年?」

「カルカスの予言です。この戦争は、十年続くと」

アガメムノンは笑った。

「十年か。長いな。だが——」

彼は、水平線を見据えた。

「必ず勝つ」

船は進む。

そして、歴史上最も有名な戦争
——トロイア戦争が、今、幕を開けようとしていた。

**——千隻の船を動かした一人の女。
その美貌が、英雄たちの運命を決める——**

(終)