第百二十八弾「鋼鉄の翼」の続きです

 

# 義足のヒーロー

春野健太は朝起きて、
ベッド脇の充電ドックに収まっている
動力補助付き義肢を装着した。
高校生の時に交通事故で両足を切断し、
短距離走選手の夢を絶たれた彼は、
父が所長を務める研究所の主任研究員
・橘誠一郎率いるチームが開発した
この最新鋭の動力補助付き義肢の
テスト要員になっていた。
そして最近、遂に百メートル9秒台で
走れるようになった。

研究所に向かう時はジャージを着て行くので、
下半身は見えず、誰にも違和感を
持たれることは無かった。
今日もいつものように朝食を済ませて家を出て、
研究所に向かった。
良い天気で、屋外のトラックを走るのに
丁度良い気温だった。

駅に向かって歩いていると、突然悲鳴がした。

スクーターに二人乗りした人物が、
通勤中の女性の鞄を引ったくったようだった。
それに気付いた健太は、犯人のスクーターを追った。
普通の人なら追いつけないし、諦める所だろう。
だが彼は、自分が装着している
動力補助付き義肢の性能を信じていた。

健太は犯人のスクーターに追い付き、
並走してスクーターのブレーキを握った。
スクーターは速度を落とし、止まった。
犯人は逃げようとしたが、
一人は健太が後ろから服を掴んだことで転倒し、
もう一人は、健太が咄嗟に蹴り飛ばしたことで
数メートル飛んでいった。

「ひったくりです。警察に通報してください!」
健太は大声で叫んだ。

幸い近くに交番があったので、
すぐに警察官が駆け付け、犯人を連行して行った。
健太も状況説明のために交番に行った。

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「君、すごいな。あのスクーターに追いついたのか?」
若い警察官が驚いた様子で尋ねた。

「はい。たまたま走るのが得意で……」
健太は曖昧に答えた。

事情聴取を終えて交番を出ると、
被害に遭った女性が待っていた。

「本当にありがとうございました。
まさか取り返せるとは思っていなくて……」

女性は深々と頭を下げた。

「お名前を教えていただけますか?」

「春野健太です。でも、気にしないでください。
当然のことをしただけですから」

女性が去った後、健太はふと自分の両足を見下ろした。
事故の後、何度も「もう走れない」と言われた。
それでも諦めきれなかった。
そして今、この義肢は彼に新しい可能性を与えてくれた。

研究所に着くと、橘主任研究員が待っていた。

「健太君、今朝のひったくり事件、
もうニュースになってるぞ。
『謎の青年がスクーターに追いつき犯人を捕まえる』
ってな」

橘は少し困った顔をしていた。

「義肢のことが注目されるかもしれない」

「すみません。でも、あの時は何も考えずに……」

「謝ることはない」
橘は笑った。

「むしろ誇りに思うよ。
この義肢は、失われた機能を補うだけじゃない。
人を助けることもできる。
それを君が証明してくれた」

その日の夕方、健太の父から電話があった。

「健太、今日のこと聞いたぞ。
よくやった。お前の母さんも喜んでる」

「でも、父さん。これって良かったのかな。
義肢のことが知られたら……」

「健太」
父の声は穏やかだった。

「お前は事故の後、
ずっと人の役に立ちたいと言っていた。
それが今日、叶ったんだ。
義肢があろうとなかろうと、
お前がやったことには変わりない」

電話を切った後、健太は窓の外を見た。
夕日が沈みかけている。
彼は改めて自分の足を見下ろした。
確かにこれは機械だ。
でも、この足で走り、人を助けることができた。

翌朝、研究所のトラックで走る健太の姿は、
いつもより軽やかだった。
橘主任研究員がストップウォッチを見て声を上げた。

「健太君! 9秒8だ! 自己ベスト更新だぞ!」

健太は笑顔で答えた。

「もっと速く走れるようになりたいです。
次に誰かが困っていたら、
もっと早く助けられるように」

それを聞いた橘は、少し目を細めた。

「そうか。
じゃあ、さらに性能を上げる必要があるな」

春の風が、トラックを優しく吹き抜けていった。
健太は再びスタートラインに立った。
失ったものは確かに大きかった。
でも、得たものもまた、かけがえのないものだった。

彼の新しい夢は、もう始まっていた。