欲は人を成長させ進化させる
だが争いを起こし人との関係を悪化させる
全ての物事にはメリットとデメリットがあり
それは表裏一体でどちらかだけを選ぶ事は出来ません
最近 それを忘れた人を多く見かけます
メリットだけを享受する
そんな上手い話は決してありません
必ずデメリットも付いて来ます
# 欲望喰い
入学式の桜が散る頃には、もう始まっていた。
「おい、ノート貸せよ」
「財布落としたんだ。千円貸してくれない?」
「お前、マジでキモいって自覚ある?」
教室の隅で、僕は小さくなっていた。
助けを求める視線を向けても、
クラスメイトたちは目を逸らす。
見て見ぬふりをする。
それが一番安全だと、みんな知っているから。
二ヶ月が過ぎた頃、僕は担任の田中先生に相談した。
「先生、実は……」
田中先生は困った顔で頷き、
「分かった。ちゃんと対処するから」と言った。
その言葉を信じて、僕は少しだけ希望を持った。
でも、それが間違いだった。
数日後、学年主任に呼ばれた。
応接室のような部屋で、校長、教頭、
学年主任が並んで座っていた。
「君の訴えについて調査した結果、
いじめの事実は確認できなかった」
校長の言葉は冷たかった。
「生徒間のコミュニケーションの行き違いは
あったかもしれないが、本校にいじめは存在しない。
これは公式な見解だ」
その日から、いじめは「存在しないもの」になった。
書類の上では。
でも現実は何も変わらなかった。
いや、悪化した。
「お前、チクったんだって?」
「最悪だな。先生に泣きついて」
標的として、僕はより明確になった。
そして学校は、もう僕を助けてくれない。
公式には「いじめは存在しない」のだから。
夜、布団の中で僕は祈った。
神様でも悪魔でも何でもいい。
この状況を変える力をください。
毎晩、毎晩、同じ言葉を繰り返した。
二年生になった。
クラス替えがあったが、
いじめっ子の何人かは同じクラスだった。
いじめも続いた。まるで何も変わらない日常。
でもその日、放課後の教室で、それは起きた。
机に突っ伏していた僕の脳裏に、
突然、映像が流れ込んできた。
幾何学的な模様、理解できない言語、
そして確かな知識。
『欲望を喰らえ』
啓示だった。何の啓示かは分からない。
でも僕は、確かに力を得た。
「おい、起きろよ」
背中を蹴られた。振り返ると、田村がいた。
彼はいつも僕の消しゴムを隠したり、
ノートに落書きをしたりする。
田村の中に、何かが見えた。
渦巻くような、赤黒い塊。
それが彼の欲望だと、僕は直感的に理解した。
『親に褒められたい。認められたい。
でも成績が上がらない。勉強しても無駄だ。
だから、こいつを殴ろう』
僕は手を伸ばした。
物理的にではなく、精神的に。
そして、その欲望を掴んだ。
ゴクリ。
田村の顔色が変わった。
赤黒い何かが僕の中に流れ込んでくる。
温かくて、甘くて、満たされる感覚。
「あれ……?」
田村は首を傾げた。
「何で、俺、お前に絡んでたんだっけ?」
彼は呆然と自分の手を見つめ、
そのまま教室を出て行った。
その背中には、以前のような攻撃性がなかった。
ただ、何かが抜け落ちた人間がそこにいた。
翌日、田村は授業中もぼんやりしていた。
先生に当てられても「分かりません」と答え、
休み時間も机に突っ伏している。
成績を上げたいという欲望を失った彼は、
勉強する理由を失ったのだ。
でも、僕への嫌がらせはなくなった。
数日後、
不良グループの下っ端、佐藤が僕を呼び出した。
「財布出せよ」
いつもの恐喝。
佐藤の中にも見えた。
灰色に光る欲望の塊。
『グループで上に行きたい。認められたい。
強くなりたい。でも無理だ。先輩たちには勝てない。
だから、こいつから奪おう』
僕は迷わなかった。
手を伸ばし、その欲望を喰らった。
「……あれ?」
佐藤は財布を受け取ろうとした手を下ろした。
「何で俺、こんなことしてんだろ」
彼はそのまま立ち去った。
翌日から、佐藤は不良グループと距離を置き始めた。
上に行きたいという欲望がなければ、
つらい下っ端生活を続ける理由がない。
彼は普通の生徒になった。
無気力で、目的のない。
それから僕は
いじめてくる生徒の欲望を次々と喰らった。
部活でレギュラーになりたい奴。
好きな子に振り向いてほしい奴。
親の期待に応えたい奴。
友達から認められたい奴。
みんな、その欲望が満たされないストレスを
僕にぶつけていた。
そして僕は、そのすべてを奪った。
一人、また一人。
クラスから活気が消えていった。
誰も大きな声で笑わなくなった。
部活に打ち込む者もいなくなった。
恋愛も、友情も、ライバル意識も、
すべてが薄れていった。
でも同時に、いじめもなくなった。
喧嘩もなくなった。言い争いもなくなった。
みんな、ただ座って、授業を受けて、家に帰る。
他人に関心を持たない。
自分の向上も望まない。ただ、生きているだけ。
教室は静かだった。
とても静かで、穏やかで、平和だった。
僕はもう虐められない。
誰も僕に関心を持たないから。
机に突っ伏しながら、僕は思う。
これが、僕が望んだ世界だったのだろうか。
教室を見渡す。
虚ろな目をした生徒たち。
かつて僕を苦しめた彼らは、今は抜け殻だ。
欲望という燃料を失った、動く人形。
でも、これでいい。
そう自分に言い聞かせながら、僕は次の獲物を探す。
まだ僕を虐めていない生徒たちの中にも、
いつか牙を剥く可能性がある者がいるかもしれない。
予防のために。安全のために。
僕は今日も、欲望を喰らい続ける。
平和な教室を守るために。
—— 終 ——