虐めで引き籠もった男が
再生するお話を作ってみました
まだその最初の一歩だし
魔法というありえないもので
何も出来ない彼を主人公に押し上げてみました
魔法=彼の唯一の特技という事で
現実なら別のものに置き換えてもいいでしょうね
「空間の中の救済」
一
四十七歳の誕生日、
俺は自室のベッドで天井を見つめていた。
高校二年の冬から数えて、三十年。
この六畳間が俺の世界の全てだった。
最初の数年は両親も説得を試みた。
カウンセリングに連れて行こうとしたり、
様々な言葉をかけてきた。
だが十年を過ぎる頃には、彼らも諦めたようだった。
食事を部屋の前に置き、洗濯物を回収する。
それだけの関係になった。
虐めの記憶は今も鮮明だ。
クラス全員に無視され、教科書を隠され、
上履きに画鋲を入れられた。
それでも耐えていた。
だが、ある日突然、
五人の男子に囲まれて殴られた時、何かが壊れた。
それ以来、俺は部屋から出られなくなった。
両親も七十代後半になった。
二人とも体が弱ってきている。
この先、彼らが死んだら俺はどうすればいいのか。
答えは一つしかないと思っていた。
その日も、そんなことを考えていた。
ふと、右手に違和感を覚えた。
空気が歪むような感覚。
目の前に、黒い亀裂が現れた。
「……何だ、これ」
恐る恐る手を伸ばすと、
指先が亀裂の中に吸い込まれた。
痛みはない。
引き抜くと、
何事もなかったかのように指は無事だった。
試しにペンを入れてみる。
ペンは亀裂の中に消えた。
そして、「取り出したい」と思った瞬間、
ペンが手の中に戻ってきた。
魔法。
そう呼ぶしかないものを、俺は習得していた。
二
空間魔法と名付けたそれは、
あらゆるものを収納できた。
試しに本棚を丸ごと入れてみると、簡単に収まった。
机も、ベッドも、パソコンも。
部屋中の物を入れても、まだ余裕がある。
内部を覗いてみると、
そこには広大な空間が広がっていた。
地平線が見えるほどの広さ。
いや、地平線どころか、
上を見上げれば星空のようなものまで見えた。
俺は空間魔法の中に入ることもできた。
中は静寂に満ちていた。
時間の流れさえも、
俺の意思で制御できることに気づいた。
ここなら、一人でも生きていける。
そう思った俺は、準備を始めた。
通販で種を買い、土を買い、農具を買った。
空間の中に畑を作った。
最初は上手くいかなかったが、
時間を早送りすることで試行錯誤を繰り返した。
次に池を作り、川を作り、森を作った。
魚も放流した。
五年かけて、
俺は空間の中に小さな世界を築き上げた。
そして五十二歳の春、
両親が相次いで亡くなった。
葬儀には出なかった。出られなかった。
遺産は思ったより多かった。
だが、自給自足の生活を確立していた俺には、
ほとんど使い道がなかった。
俺は完全に空間魔法の中で暮らすことにした。
中では時間を遅くして、老化を止めた。
外では一年が過ぎても、
俺の体は一日しか歳を取らない。
静かだった。穏やかだった。
だが、三年が過ぎた頃、ふと思った。
外の世界は、どうなっているのだろう。
三
五十五歳の体で、三十代に見える外見のまま、
俺は八年ぶりに外に出た。
夜の街は、八年前とさほど変わらないように見えた。
ただ、看板やポスターに書かれているものが
何を意味するのか、よく分からなかった。
流行は完全に置いていかれていた。
それでも、夜風は気持ちよかった。
河原沿いの遊歩道を歩いていると、声が聞こえた。
「もういい加減にしろよ!」
「まだまだ、これからだろ?」
笑い声。そして、鈍い音。
茂みの向こうを覗くと、
七人の男女が一人の人物を囲んで
殴る蹴るの暴行を加えていた。
血が流れていた。
倒れている人物は、もう抵抗する力もないようだった。
俺の中で、三十年前の記憶が蘇った。
あの時の自分。
助けを求めたのに、誰も来なかった。
だが、俺に何ができる? 喧嘩なんてしたことがない。
七人を相手にできるはずがない。
それでも、見ているだけで、
あの人物は死んでしまうかもしれない。
その時、思いついた。
空間魔法なら。
俺は茂みに隠れたまま、集中した。
倒れている人物に照準を合わせる。
暴行している連中が一瞬、隙を見せた瞬間。
「収納」
倒れていた人物が、音もなく消えた。
「え?」
「どこ行った?」
男女は混乱していた。
周囲を見回し、川の中を覗き込む者もいた。
俺はそっとその場を離れた。
空間魔法の中で、倒れている人物を確認した。
若い、二十代くらいの女性だった。
顔は腫れ上がり、服は破れ、出血していた。
治療の知識はない。
だが、時間を止めることはできる。
俺は彼女の周囲の時間を完全に停止させた。
これで、少なくとも悪化することはない。
どうする?
病院に連れて行くべきか。
だが、警察が関わってくる。
俺が関わっていることがバレるかもしれない。
いや、その前に。
俺には、唯一心を許せる人物がいた。
高校時代、虐められていた俺に、
最後まで話しかけてくれた友人。
引きこもってからも、時々メールをくれた。
数年前から返信はしていなかったが。
田中浩二。
彼なら、何か知恵を貸してくれるかもしれない。
俺は震える手でスマホを取り出し、
久しぶりに彼の番号を探した。
「もしもし?」
聞き慣れた声。
「……田中か。俺だ」
「……まさか、佐藤? お前、生きてたのか!」
「ああ。あのさ、今から会えないか。
頼みたいことがある」
電話の向こうで、田中は少しの間沈黙した。
「……分かった。どこで会う?」
俺は久しぶりに、誰かを頼ることにした。
空間魔法の中で眠る女性を見つめながら、俺は思った。
三十年間、誰にも助けられなかった俺が、
誰かを助けようとしている。
これは、新しい人生の始まりなのかもしれない。