第五十八弾に出て来た
カブトムシ怪人の続きです
いずれ仮面ヒーローやゴーレムメイカー、
生体ロボット達やミュルミドン等と
カブトムシ怪人が出会うお話も
作ってみたいと思っています
# 欲望の代償
「久しぶりだな、サム」
ダンは親友の顔を見て、
すぐに何かがおかしいと気づいた。
二十三歳になった今も、
フリーターとして遺跡発掘のアルバイトを
転々としている自分とは違い、
サムは大学に進学し、将来を見据えた道を
歩んでいるはずだった。
だが、目の前の親友の表情には、
焦燥と苛立ちが色濃く浮かんでいた。
「ダン……聞いてくれよ」
カフェの隅の席で、
サムは堰を切ったように話し始めた。
恋人のジェシカのこと。
最近帰国した兄のディーンのこと。
二人が自分に黙って頻繁に出かけていること。
ロースクールへの進学を目指しているのに、
政治学の教授と馬が合わず、
単位が取れずに留年の危機に瀕していること。
弁護士になってジェシカとの将来を築きたいのに、
何もかもが上手くいかないこと。
「ディーンは昔から何でも完璧にこなすんだ。
俺よりずっと優秀だったのに、
大学にも行かずに世界を放浪して……
それでも皆、あいつを認めるんだ」
サムの声には嫉妬が滲んでいた。
「そういえば、お前もディーンと一緒に
発掘現場にいたことがあるって言ってたよな」
「ああ、何度か」
ダンは静かに頷いた。
「優秀な人だった」
「そうだよ、優秀なんだ。何もかも……」
サムは拳を握りしめた。
「最近、テンパりすぎて、パーティーに行って……
一夜限りの関係を持ったりもしてる。
自分でも止められないんだ。
欲望のコントロールができなくなってる」
ダンは黙って聞いていた。
親友の苦しみを受け止めることしかできなかった。
二人が別れた後、
サムは帰宅する途中でそれを目撃した。
ディーンとジェシカが、
笑顔でショッピングバッグを抱えて歩いている姿を。
何かが、音を立てて崩れた。
怒り。嫉妬。欲望。
抑えきれなかった全てが、サムの中で爆発した。
次の瞬間、サムの身体が変貌し始めた。
異形の怪人へと姿を変え、街で暴れ始める。
車が吹き飛び、ガラスが砕け散り、
周囲のあらゆるものが破壊されていく。
「サム! やめろ!」
ディーンの叫びも、
ジェシカの悲鳴も、
もう届かなかった。
その時、空から茶色い影が舞い降りた。
カブトムシの意匠を持つ怪人が、
轟音と共に地面に着地する。
アスファルトに亀裂が走り、
衝撃で周囲の窓ガラスが一斉に震えた。
「サム! 目を覚ませ!」
カブトムシ怪人の叫びも虚しく、
異形と化したサムは咆哮を上げて襲いかかってきた。
その拳が空気を裂く。
カブトムシ怪人は間一髪で回避し、
サムの拳は背後のビルの壁面に激突した。
コンクリートが粉砕され、鉄筋が剥き出しになる。
カブトムシ怪人は反撃に転じた。
硬質化した拳をサムの腹部に叩き込む。
鈍い衝撃音が響き、サムの巨体が数メートル後退する。
だが、すぐに態勢を立て直し、
今度は両腕を振り回しながら突進してきた。
「くそっ!」
カブトムシ怪人は翅を広げ、上空へと飛翔する。
サムの腕が虚空を薙ぎ、
その風圧だけで駐車中の車が横転した。
空中から急降下し、サムの頭部に蹴りを叩き込む。
サムの身体が地面に叩きつけられ、
クレーターのような窪みができた。
だが、サムは止まらなかった。
地面から飛び起きると、破壊された車を掴み上げ、
カブトムシ怪人に向かって投げつけてくる。
カブトムシ怪人は空中で身を捻り回避するが、
次の瞬間、サムが驚異的な跳躍力で迫ってきた。
空中で二つの怪人が激突する。
拳と拳が交錯し、火花が散る。
カブトムシ怪人の角がサムの肩を捉え、
サムの爪がカブトムシ怪人の装甲を削る。
互いに相手を掴み合ったまま、地上へと落下していく。
衝撃で地面が陥没し、周囲に土煙が舞い上がった。
カブトムシ怪人は素早く距離を取った。
サムの身体から、不穏な光が漏れ始めている。
暴走のエネルギーが限界に達しつつあった。
このまま戦い続ければ、
サムの身体は内側から崩壊する。
「これ以上は……!」
カブトムシ怪人が躊躇した隙に、
サムが再び襲いかかってきた。
両者の拳がぶつかり合い、衝撃波が同心円状に広がる。
街灯が倒れ、道路標識が吹き飛び、
周囲の店舗のショーウィンドウが次々と砕け散った。
力は完全に拮抗していた。
だが、サムの身体の光はますます強くなり、
その動きに痙攣が混じり始めた。もう時間がない。
カブトムシ怪人はサムを組み伏せ、
その身体を押さえ込んだ。サムは抵抗し、暴れ、
破壊を続けようとする。
二人の怪人の力がぶつかり合い、
周囲の地面に次々と亀裂が走った。
だが、カブトムシ怪人には分かっていた。
このまま暴走を続ければ、サムの身体は自壊してしまう。
「……ごめん、サム」
カブトムシ怪人の複眼の奥で、悲しみが揺れた。
光が放たれた。
眩い光がサムを包み込み、
怪人の姿が徐々に人間へと戻っていく。
破壊は止まった。
だが、地面に倒れたサムの瞳には、
もう何も映っていなかった。
「ここは……? 僕は……?」
サムの記憶は、小学生の頃まで巻き戻されていた。
ジェシカも、ディーンへの嫉妬も、大学での挫折も、
全てが消え去っていた。
カブトムシ怪人は誰もいない路地裏へと飛び去った。
光が弾け、
一匹の茶色いカブトムシが夜空へと消えていく。
光が消えた後、
そこに立っていたのはダンだった。
涙が頬を伝った。
サムを助ける方法は、彼の記憶を消し、
怒りと欲望の根源を断つことしかなかった。
だが、ダンの能力では、
どこまでの記憶が消えるか制御できない。
賭けだった。
そして、賭けは残酷な結果をもたらした。
「欲望は……人を成長させる」
ダンは震える声で呟いた。
「でも、過ぎた欲望は、全てを壊してしまう」
サムは助かった。
命は救われた。
だが、彼が積み重ねてきた全ての経験、
苦悩、成長は失われた。
ダンの頬を、また涙が流れた。
親友を元に戻したい。
あの頃のサムに戻ってほしい。
だが、その願いもまた
——過ぎた欲望なのかもしれなかった。
人は欲望によって進化する。
同時に、欲望によって破滅する。
その境界線は、あまりにも細く、脆い。
夜空に消えたカブトムシの軌跡を見上げながら、
ダンはただ、静かに泣き続けた。
**終**